2019-06-01から1ヶ月間の記事一覧

通信21-8 小雨の中 教会に出掛ける

昨日は久々に演奏会に出掛けた。ご招待券というものをいただいたんだ。わざわざ出向いて行って聴きたいほどの音楽はないし、知り合いと顔を合わせるのも億劫だしってんで、演奏会に出掛ける事はほとんどない。こうしてご招待券をいただくと、のろのろと家を…

通信21-7 知らないうちにお洒落な男になる

最近は隣室に若い女性が住んでいる。何をしている人なのかはもちろん知らない。部屋にいる事が多いところをみると、受験生かもしれないね。うん、この近くには大手の予備校があって、そこに通う生徒がたびたび引っ越してくるんだ。 狭い階段ですれ違い、軽く…

通信21-6 海辺の街へゆく

先月の事だったっけ、昔の弟子から、音大を受験する高校生三人に音楽理論をちょちょいのちょいと仕込んでやってくれと頼まれたのは。実はその続きをまたやってくれないかってんで、昨日はまたまた県境を越えて、高校生相手にちょいとお喋りをしてきた。 うん…

通信21-5 長い旅の記憶 5

カエルや山椒魚、水辺に棲む生物は手足に吸盤があるが、うん、こうして排水溝から這い上がる術が見つからない時には、その吸盤ってやつが羨ましく思えるね。いや、こうして胸までを正体不明の液体に漬け込んだまま(ついでに傘を刺したまま)、自分の不運を…

通信21-4 長い旅の記憶 4

しとしとと雨まで降ってきた。私は、知らない工場の門の前に捨ててあったビニール傘を拾い、開いてみると、うん、骨が二本ほど折れている。まったく私に似合いの傘さ。おお、闇の向こうに明かりが見える。砂漠でオアシスとやらを見つけた旅人のように、速足…

通信21-3 長い旅の記憶 3

もう老呆けはとっくに始まっている。最近は記憶が随分と曖昧だ。昨日のすっとこどっこいな文章を書いた後、ふと気になって、自分の記憶がどれぐらい正確かって事にさ、うん、それで我が家の四次元ポケットさながら、そこに何が入っているのかもよく分からな…

通信21-2 長い旅の記憶 2

古びたビルの二階、不動産屋の店名を示すプレートが貼られたドアを開くと、「いらっしゃい」という、しわがれた濁声が聴こえた。カウンターの中にいるのは、おお、これこそまさに不動産屋のおやじともいうべき男の顔が見えた。パーマを当てた短髪はすっかり…

通信21-1 長い旅の記憶 1

旅なんて面倒臭いものは嫌いだ。それでもよく旅をした。時には思いがけず長い旅になる事だってあった。いや、もしかすると私は今も旅の途中にいるのかもしれない。何しろ自分が収まるべきところに収まっているってな感じが少しもしないんだ。 当てもなく街を…

通信20-41 休日の前の晩に

今日はいつもお世話になっているスタジオの、月一回の定休日ってんで、朝からゆとりをもって過ごしている。丁寧に朝ご飯を作って、そいつをよく噛んで食し、ベランダの雀にも丁寧にご挨拶、薄い雲がかかった青空を眺めながら、意味もなくうふふふと笑ってみ…

通信20-40 ちょっとだけヤンキー映画を観た

最近はいろいろな物を、インターネットを通じて買う事を覚えたんだが、あれ?いつの間にかよく分からない何とやらの会員になっているじゃないか。ろくに見えない目と、ろくに考えない頭と、ろくに動かない手、そんなものに引き摺られて生きていると、ついろ…

通信20-39 もう一度視力が戻ってきたら

人は老化を病気と誤解するらしい。まあ、しょうがないよね。何てったって老化、それはその人にとって初めての体験だからね。私だってもちろんそうさ。今、初心者の老人として、初々しく日々を過ごしているんだ。うん、体は日々衰える。いてててて・・・とい…

通信20-38 オーケストラという夢の音楽装置

東京を離れる一年ほど前からどういう訳だか、うん、本当にどういう訳なんだろうね、私は指揮の勉強を初めた。指揮、あのオーケストラだとか合唱団の前で、手足をばたばた、時には口を金魚みたいにぱくぱくと動かしながらやる、いささか滑稽なあれさ。 そうだ…

通信20-37 昔、渇水があった

降水確率百パーセントの予想、窓の外には垂れ下がるような雲が。ああ、でも期待していたほどじゃなかった。全然足りない。ほんのお湿りってやつさ。一体いつになったら梅雨入りするんだろうね。 福岡の市民は、ある程度年齢のいった者なら、水に対してトラウ…

通信20-36 喋るように書いているようにみせかけたい

頭からほかほかと湯気が立ち昇っている。うん、作曲疲れってやつさ。慣れないパソコンを使ってあれれこれれと頭を捻り、それでも昨日から二日かけて、ようやくピアノの小品を三つ拵えた。 ああ、目がしょぼしょぼ、手もしょぼしょぼ、椅子の上に折りたたんだ…

通信20-35 ようやく小さいやつをひとつ

わが心の弟子、今は東京の偉い先生の元に里子に出しているってな感じのМちゃん。ここ一月ほど、彼女からの問い掛けに答えるつもりで、しばし自分の修業時代について書いてみた。縁側で孫娘に、西瓜でも齧りながら、のんびりとよもやま話でも垂れ流す感じでさ…

通信20-34 恋愛体質者の悲しさ

われわれは腹を減らした餓鬼みたいにSが運んでくる仕事を待っていた。ほい、肉片でも放るようにSがわれわれの前に仕事を投げてくると、われわれは一斉にそいつに貪りつき、うん、仕事に飢えていたんだ、あっという間に平らげた。Sは本当に頼りになる、確かに…

通信20-33 雨中散策

昨日は久々に、朝っぱらから街をうろうろと歩き回った。それがいつもの朝なら、布団から這い出すとすぐにブログを書いて、それから顔を洗い、簡単に朝食を済ませるとスタジオに潜り込むんだが、あいにくスタジオを押さえる事ができなかったんだ。いつもなら…

通信20-32 電話という機器が珍しかった頃

二十歳そこそこだった。次第に金を稼ぐ事を覚えた私は、ともかくありついた仕事なら何でもこなそうと、意地汚い目つきであたりをきょろきょろと見回していた。仕事にありつくのに何より必要なもの、それはもちろん連絡を受け取るシステムさ。私だけじゃない…

通信20-31 徹夜が続くと耳から血が出る事があるよ

I先生の元に通い出して数か月ほど経つと、書いたものに対してアドバイスをいただく代わりに、ぽつぽつとささやかなアルバイトを回して貰えるようになった。アルバイトの内容は主に写譜、作曲家が書いた総譜、いろんな楽器のための音符がごた混ぜに書き込まれ…

通信20-30 どうしてわたしは爪を噛むの?

久々に県境を超えた。昔の弟子が、地元に戻ってピアノの教師をしているんだが、今、三人の音大受験生を抱えているらしい。それで大学に入るまでに準備しておいた方がいいと思われる音楽理論について、その子らに話をしてくれってんで、うん、何だか楽しそう…

通信20-29 もちろんシーボルトに会った事はない

一年ほど映画の仕事に携わったおかげで、大いに音が荒れた。「名前は長いが、効き目は早い」。うん、そいつはコルゲンとかいう薬の広告コピーだが、私の場合、「仕事は早いが、中身は薄い」ってな感じさ。映画の仕事を始めるまでは、紙に書き得るすべての音…

通信20-28 巨匠のお仕事

東京に出て、まず自分を打ちのめしたもの、それは私の師匠筋に当たる方々の圧倒的な存在感だった。その強烈な存在感、それがどこから来るのか、うん、その当時のクラシックの世界に住む音楽家たちは、ともかく家柄が良かったんだ。私のような田舎の貧乏人の…

通信20-27 初めての作曲のお仕事

そういえば個人情報とやらが云々されだしたのは、いつ頃だろうか。私が若い頃は、有名人の住所や電話番号を手に入れるのは割と容易かった。高校を卒業して上京し、大学に見切りをつけ、いや、それ以前に大学からはとっくに見切りをつけられ、さあ、これから…

通信20-26 明星 平凡 芸能雑誌の愉しみ

喫茶店で原稿の下書きを取っていると、ふと流れてきたBGMに耳が留まった。ちょいと古臭い旋律、数十年も前によく耳にしたような旋律、その旋律が途切れ、「僕は嫌だ」という台詞が何度も入る。その台詞が耳にこびり付いたまま帰宅した私は、早速「僕は嫌だ」…

通信20-25 パソコンのモニターを運ぶ

梅雨のような暗い空が広がる朝に目を醒ました。二時間ほど地下のスタジオで過ごし、地上へ出てみると、随分と空が明るくなっている。遅い午後にようやく、薄い雲の裂け目から西に傾きかけた太陽がのぞく頃に、ようやく家を出て博多駅へと向かった。 お買い物…