通信25-4 和声の時代についてお話いたします

放っておくとゆらゆらと弥次郎兵衛のように揺れ続ける頭を、とうとう枕の上にどさりと投げ出したままの日々を送った。ああ、惰眠を貪るとはまさにこの事だ。いや、この冬はいろいろあったんだ。私は避難したのさ。夢の中という安全な場所にさ。そんな私に、…

通信25-3 ゆれる日々

ようやく布団から這い出してみた。うん、起きなきゃあならない。ここ数日、眩暈が酷くて布団を棲家としていた。ああ、布団の中ってのは天国だね。確か吉行淳之介の小説じゃなかったっけ?病気の少年が布団の中で自分の事を布団の国の王様だと空想するのは。…

通信25-2 いよいよ佳境に入ってまいりました

あれ?もしかして今月の石原まりさんとのインスタライブは延期かな?うん、もちろんそれもありだろう。彼女はオーケストラの団員だ。十二月の音楽家ってのはともかく忙しいんだ。私も昔はそんな経験があるが、よーいどんで十二月に入ると頭の中に入るだけ音…

通信25-1 作曲に疲れ魚屋で魚を買う

ここ一週間ほど、ふらふらとさ迷っていた。魔道冥府を?いやいや、まさか、そんな恐ろしいところをさ迷うのは子連れ狼こと拝一刀ぐらいさ。兵六爺こと私がさ迷うのは、せいぜいまだ完成しない妄想のような自分の作品の中さ。書いて、寝て、起きて、また書い…

通信24-42 さあ明日は楽しい検査だね

七月から月に一度の割合で、石原まりさんのインスタグラムにお邪魔してお喋りを楽しんでいる。うん、お喋りは確かに楽しいが、とりあえず後二回、来年の一月でお終いという事にしてもらった。やはり体が持たない気がするんだ。自分がそうなってみて初めて分…

通信24-41 朝っぱらから大交響曲を

ぽっかりと時間が空いた朝だった。さて何をして過ごそうか?そうだ、数日前に知人がDVDを貸してくれたんだ。そいつを見なくちゃね。ええと、ベートーヴェンの九番目の交響曲、うん、何だか長そうだね。しかも難しそうだね。よしってんで濃いめの珈琲を淹れ、…

通信24-40 給付金で買った楽器を披露する

Мちゃんからの電話で目が覚めた。少し笑いを含んだような声で「もしもし、昨日見たよ」と言う。「見たよ」というのは、ああ、多分、昨日インスタグラムで私が垂れ流したお話の事だな。うん、ここ数か月、九州交響楽団のチェリスト、石原まりさんのインスタグ…

通信24-39 バロック~毒の花が開くように

ここ数日、夏日が続いた。一体、今、われわれを覆っている季節は何なんだ。はっきりしろよなあ、なとど毒づきながらも、そうか、碌に外出もせず部屋に籠って昔の音楽についてあれこれ妄想を膨らませているだけの年寄りに、何の季節が関係あろうかと哂う。 そ…

通信24-38 バロックについて話し合ってみようか

多分、ポルトガルの宝石商が真珠を選別する時に、歪んだ不良品に与えたと言われる名称「バロック」。バッハ、ヘンデル、フレスコバルディ、パーセル、モンテヴェルディ・・・綺羅星のごとく存在していた巨匠たちが過ごしたその時代を、「バロック」という蔑…

通信24-36 偉い先生から励ましのお葉書をいただいた思い出

自分の食い扶持の事を考えてだとか、そういう邪な気持ちを持つ事なく音楽と向き合えたのは確か高校の二年生までだったように思う。高校二年生の後期半年ほど、私はことごとく学校をさぼった。果たして三年生に進級できるのか、そいつは大いに怪しかったが、…

通信24-35 隣室には歌手志望の少女が住んでいる

隣の部屋から、途切れ途切れではあるが、ずっと夜通し話し声が聴こえていた。何を話しているのかまではわからない。ぼそぼそと低い声で、もし夜が液体ならそこに小さなさざ波が立つみたいに若い女の子が二人、話をしている。時折楽しそうな笑い声が聴こえ、…

通信24-34 久々に図書館へ

思い切って図書館に出掛けた。思い切って?うん、最近とみに体調が悪く、なかなか部屋を出る気がしないんだ。ちょいと出掛けるにしても隣近所まで、もし突然倒れても這ったまま部屋に帰り着けるまでの距離、それが今の私の行動範囲さ。鎖に繋がれたまま小屋…

通信24-33 もう一度録り直し 

一昨日の録音、その出来があまりにも酷かったんで、さすがに録り直した。いくら自分がもう音楽家として終わっている事をアピールするための録音だからといっても、さすがにこれは酷すぎる。うん、私にだって一ミリぐらいの矜持はあるんだ。 そうだね。録音の…

通信24-32 編集だってひとりでできるもん

録音が済んだら後は部屋に引き籠り、あれやこれやと、しこしこと、そう、編集ってやつに勤しむんだ。録音から編集まで、でも今回の作業、それは決して嫌な事ではなかった。サキソフォーンという楽器を一人で吹き鳴らし、うん、無伴奏という名の演奏形態があ…

通信24-31 自分の姿を鏡に映してみる

昨日は朝からスタジオに籠り、ひたすらデモテープを作った。まったく録音ほど神経を使う仕事はないね。鶴が人目を避けるように部屋に閉じこもり、とんからとんと機を織るように音を紡いでゆくんだ。そうしてスタジオを出る頃にはげっそり、目の周りは歌舞伎…

通信24-30 知人の家探しを手伝う

先週の週末の事だ。随分と無沙汰を決め込んでいた知人から突然の電話があった。ん?何だか暗い声だね。あれ、少し涙ぐんでないかい?そんな時には深入りしない方が身のためだと、無沙汰を詫び早々に話を切り上げようとした。急いで電話を切ろうとする私に縋…

通信24-29 音の宝庫を彷徨う

梶井基次郎の「冬の日」を読み耽っている。この小説は私にとって音の宝庫なんだ。ただあまりにも「宝庫」過ぎて、なかなかそれらの音を書き取れないでいた。ともかく複雑な音の帯がもつれるように絡み合って、そいつを一つ一つほどいてゆく。ああ、ともかく…

通信24-28 痒みに痛みを忘れる

ここ数年、原因不明の痒みに悩まされている。痒み。うん、痛みなら何となく悲劇的な感じがしないでもないが、痒み、こいつはどこか滑稽感が漂っていて私には似合っていると思う。いや、滑稽だろうが、似合っていようが、ともかく苦痛である事は確かだ。 今の…

通信24-27 足先をぶつける

あっ、やってしまったと思った時には遅かった。近所のスーパーに食材を買いに出掛けた時の事だ。スーパーは目の前だった。私は地面からちょいと顔をもたげている排水溝の上蓋に、思い切り足をぶつけてしまったんだ。左足の親指から一気に、足全体を包むよう…

通信24-26 知る事の悲しみ

最近、中世以前のスタイルで曲を書く事が多い。まるで擬古文を用いるみたいにさ。なんでそんな事をしているのかって?もちろんその先に自由があるかもしれないと思っているからだ。でも、この模倣ってやつはそう簡単じゃあないね。上っ面を真似てそれらしい…

通信24-25 「冬の日」

随分と若い頃から事ある毎にその作品を読み返す、自分にとっては指針のような梶井基次郎という作家がいた。まだ頭の上に卵の殻を乗せたままの青臭いガキだった私は、書店の片隅で偶然その本を見つけ、たまたま開いた「冬の日」という作品がもたらす衝撃に身…

通信24-24 ヒロインを待ち続ける野獣の苦しみに慄く

ああ、胸がどきどきする。おいおい、どうした?街で奇麗なお姉さんでも見掛けたのかい?いや、まさか、もうずっと仕事部屋に引き籠ったままさ。今、私が安心できる場所は世界中でただ一つ、この仕事机の前だけだ。胸がドキドキしているのは、うん、心臓が暴…

通信24-23 映画が街にやってくる

「くたばる前に、どうしてもこれだけは」という夢がある。それはフェデリコ・フェリーニが監督した「8 1/2」という作品を映画館の大スクリーンで見る事さ。実はもうすっかり諦めていたんだ。フェリーニ作品がこの日本という国の映画館で上映されるなんてさ…

通信24-22 夜中に一人自分の滑稽な姿を嗤う

昨夜はとうとう吹き出してしまった。何に?って自分の滑稽さにさ。昨日は起き抜けからずしんと頭が痛かったんだ。ここ数日続いた目の酷使のせいだろうか。眼精疲労?うん、多分疲れ切った眼球の裏から滲み出た毒が脳味噌にまで回ってしまったんだろうさ。 そ…

通信24-20 とうとう包丁が切れなくなってしまった

毎日丁寧に研ぎ続けた包丁が突然切れなくなった。何故?百均ストアーで買った出刃包丁とはいえ、日々の研磨で随分と研ぎ澄まされていた筈だぜ。うん、ルーペを使ってよく見ると、ああ、妙に波打つような形になってきているじゃないか。多分、もうこれが限界…

通信24-19 新しい古傷

突然、気温が下がったせいだろうか、右手が妙に痛むんだ。身に覚え、うん、そいつはある。確か初夏の頃だったと思う。思い切り地面を殴ってしまったんだ。そんなに地面が憎いのかって?いやいや、そんなはずもない、酔っ払って散歩をしている最中に、公園の…

通信24-18 新しいマウスピースを置物に

災難は忘れた頃にやってくるという諺があるが、注文した事をすっかり忘れかけていたサキソフォーンのマウスピースが届いた。ん?自分にとってマウスピースというのは災難の一つなのだろうかと考え、そんな馬鹿な事を考える自分をしょうもない男だと嗤う。 マ…

通信24-17 新しい眼鏡の威力に溺れる

いよいよ連作の最後の曲に入る。この一年、この連作ってやつに散々振り回されたんだ。途中、もうこの連作は完成しないんじゃないかと諦めかけたが、この秋になって突然、大幅にペースが上がってきた。いったいどうした事だって?うん、もちろん新しい眼鏡の…

通信24-16 私の貧しい生命は今どこに?

何だかばたばたと週末を過ごした。石原まりさんのインスタグラムでたっぷり一時間ほど法螺を吹きまくるという企画をやっている。ここ数か月ほど。そういう訳で石原さんには毎月二度お目に掛かっている。二度?うん、一度目は本番の数日前、打ち合わせなどと…

通信24-15 あるヴァイオリニストの思い出

もう随分と昔、まだ私が洟垂れ小僧だった頃、時折目にした映像がある。それが邦画なのか洋画なのか、あるいはテレビドラマなのかも定かじゃないが、ともかく暗い画面の中、いかにも意地の悪そうな男が鞭をふるいながら「働け、働け」などと叫んでいる。下級…