通信29-10 パイの中には二十六人の楽師たちが

 1400年代の丁度半ば、ブルゴーニュで歴史に残る大宴会が催される。「雉の誓い」という名で知られるこの大宴会、しかしこの大宴会こそが見事に歴史の転換を教えてくれる。1453年、トルコによってコンスタンチノープルが陥とされる。つまり東ローマ帝国が滅びたんだ。教皇ニコラウス五世は大慌てさ。急いでブルゴーニュ公、フィリップ・ル・ボンに使いを送り、何と時代錯誤な、うん、新十字軍の結成を求めたんだ。よし、ここで一旗揚げようとフィリップ公、集めた諸侯たちと十字軍の結成を、生きた雉に賭けて誓うために一晩中どんちゃん騒ぎの大宴会を開いたという訳さ。

 

 中世ヨーロッパの食文化や宴会について書かれた資料は多い。そこに居合わせたラ・ルシュによって「どこまでもいかれた馬鹿騒ぎ」と書き留められたこの宴会、その様子を書き記した資料に当たっても、ううううん、貧乏人の子倅である私にはその情景を到底想像する事すらできない。

 

 大広間に三つの食卓が据えられ、その一番大きなものには「いろいろな音色の楽器をそれぞれに奏でる二十六人の楽師が生きたまま入っているパイ」が置かれていたらしい。また別の食卓は鐘と、オルガンと、四人の歌手がいる教会の形をしていて、さらに食卓の飾り物として一艘の船、うん、その船には実際に一人の船員が乗っている。別の卓には泉のある牧場、城の塔に立つ妖精。動物たちがうろうろと動き回っている森・・・、ああ、このあたりで私はその情景を想像するのを諦めてしまった。ちなみにその食卓には四十八種類の肉が並んでいたらしい。

 

 今、ふとある映画の一場面を思い出した。フェリーニの「サチュリコン」。古代ローマの風俗を余すことなく描いたあの巨大な作品。とある結婚式の場面。うやうやしく客たちの前に運び出された巨大な豚の丸焼き、その豚の腹部はぱんぱんに膨らんでいる。それを見て怒り狂う領主、「豚の臓物を処理していないのか、手を抜きやがって」と。料理人に向かって鞭打ちの刑を宣告する領主。「お待ちください」と慌てふためいた料理人が、まるまるとした豚の腹を刀で切り裂くと、おお、中からはウズラの丸焼き、ソーセージなど、様々な肉料理がごろごろと転がり出てくる。うううん、何という悪趣味。私は笑いが止まらなかった。ヨーロッパの金持ちどもが繰り広げる余興の馬鹿さ加減に。ああ、いっそフェリーニのような奇才がこの「雉の誓い」という大宴会を映像化してくれないものだろうか。

 

 結局この後、うん、馬鹿騒ぎの後にはありがちな事さ、もちろん新十字軍など結成される事はなかった。一夜の夢って訳だね。まさにこの大宴会、しかし見方によっては教皇が上げた断末魔の叫びってな感じがしないでもないね。

 

 宗教に支配された中世という時代はもう終わりつつある。ほら、そこには来るべき新しい時代が見えてるいるぜ。杉作よ、夜明けは近いってなもんだ。中世はもはや熟れ過ぎた果実のように存在していた。教会の中では厳かに讃美歌が歌われ、その壁一枚隔てた教会の外では、民衆が猥雑な歌や踊りに興じていると、ホイジンガーが「中世の秋」で描いた世界がそこにある。人々はルネサンスと呼ばれる新しい時代に片足を突っ込んでいた。