通信26-11 梅雨の晴れ間みたいにさ

 梅雨に晴れ間があるように、作曲って行為にも切れ間があるんだ。といっても四つの楽章のうちの一つがようやく終わったっていう話なんだが。でも、書き出し、いつも苦労するのはそこだ。そいつが決まってしまえば後は速い。何とか六月の前半にすべてを書き終えてしまえるだろうと思っている。それにしても若い頃は一息吐くって事がどうしてもできなかった。一旦書き始めると、尻に注射を打たれた競走馬さながら、ひたすらゴールを目指し我武者羅に走り抜けるだけだった。一息吐く、うん、これは年よりの特権だね。何となくなんだけど、ゆっくりと筆を動かす事で、これまでよりは厚みのあるものが書けそうな気がしているんだ。

 

 昨日は一楽章最後の峠ってな訳で、そいつを越えるためにちょいと無理をした。書き始めたのがいつかは憶えていない、ともかく書き終えたのが朝の十時頃かな。うん、目がしばしばするが、頭の方は興奮してなかなか寝床に潜り込む事ができない。すっかり縮み上がった目ん玉を無理矢理こじ開けて新聞を読み、近所のスーパーに出掛け、朝食のパンを買い求める。そういえばここ数日、何も食べていなかったみたいだ。清書中は買い物ができない、そいつが何より不便なんだ。迂闊に街にでると、いたるところに流れている下品な音楽に足を掬われるからね。砂糖菓子みたいに甘ったるいフレーズが、いつまでも頭の中をぐるぐると回り続けるってな事になりかねないんだ。

 

 十年ほど前までは、遠くの街の山の中に仕事部屋を持っていて、そこでひと月、二月ほどを籠って過ごした。山の中はいいねえ。どれだけ歩き回っても音楽ってものにぶち当たる事がないんだ。山の中をぐるぐると巡っているうちに、頭の中で発酵するようにぐんぐんと作品が出来上がってゆく。喉が渇くように音を聴きたくてたまらなくなる。そしたらどうするのかって?自分の中に眠っている音を掻き出すのさ。ああ、できる事ならもう一度、最後に一度だけでもいい、山の中で思う存分に書いてみたい。

 

 さて、一寝入りして、それから溜まっていたレッスンを明日明後日に数本こなし、いつものスタジオは緊急何とか宣言で使えなくなっているので、他所様の庇の下をお借りして、うん、わざわざ場所を見つけてきてくれる奇特な弟子もいるのさ、その間に書き溜めていた二楽章以降のメモを搔き集め、週明けからまた仕事に潜り込むんだ。

 

 窓の外では、ガキどもが大騒ぎだ。おお、全力で走り回っているぞ。いいねえ。梁塵秘抄の一句がひらひらと頭に落ちてくるじゃあないか。「遊びをせんとや生まれけん、戯れせんとや生まれけん」ってなもんだね。作曲せんとや生まれけん、なんてのは真っ平だね。

 

 ああ、何だか突然睡魔ってやつが覆い被さってきたぞ。フェリーニの映画に出てくる大女、私にとって睡魔ってのはさ、まさにそんなイメージだね。おいおい、これから中世の音楽史について調べようと思ってるってのにさ。そういえばロールプレイングゲームってやつは諦めた。YouTubeに上がっているゲーム実況とらやを、ぽかんと指を咥えながら眺めているうちに、到底自分にはついて行けそうもない事に気づいたんだ。ならば、せめて夢の中で妄想の中世都市をぐるぐると歩き回るとしよう。うん、それではおやすみなさい。

 

                                                                                                             2021. 5. 29.