通信23-9 まずは音から逃げる事だ

 これまでほとんどの曲を青藍山の山奥か、平戸の漁村の中にある仕事部屋で書いてきた。今回、自分が普段暮らしている部屋で作曲しようと試みているんだが、これは思ったより随分と大変な事だと改めて感じている。

 

 何が大変かって、うん、まずは自分の中に灰塵のように溜まっている音を皆、体の外に出しきってしまう作業、作曲するためには絶対に必要な作業なんだが、これが街中ではなかなか難しい。その作業、大雑把に言うと、調理前のアサリから砂を抜くようなもんだが、ともかく今の自分は音に汚れ過ぎている。

 

 良い音、悪い音、そんなもの関係ない。ともかく音ってのは、それがどんな音でも少しずつ腹に溜まってゆく、街中で過ごす私は、どこにいても、うん、スーパーマーケットにいようが、カフェにいようが、少しずつ音を溜め込んでいるんだ。どこにいても流れてくる音の断片、主に甘ったるいそいつら、スナック菓子を常にちょこちょこと口に含み続け、もはや空腹とすっかり縁遠くなった気持ちの悪い生き物、それが今の私だ。

 

 毒抜き、うん、まさに毒抜きをするように音を抜いてゆくという作業から作曲は始まるんだが、ああ、これが青藍山の山奥にある仕事場なら、部屋に籠り、畳の上に寝転がって三日も過ごせば、すっかり空っぽ、喉が渇き切った人間がひたすら水を求めるように、耳を澄ませ、音を探すようになる。音が欲しくてたまらない、それこそがようやく作曲に取り組む事ができる状態だ。

 

 もちろん山奥にあるのは自然の音だけさ。風の音、雨の音、鳥の声・・・、それらに耳を澄ませているうちに大気のうねる音が聴こえてくるようになれば、準備は完了だ。後は山を歩きながら、自然の音に寄り添うように、自分の中から音を引き出してゆくだけだ。

 

 それで今朝は?うん、私が住むアパートの斜め前の空き地で、マンションの建設工事が始まったんだ。ががががと体を小刻みに揺すぶられ続け、ほうら、私の耳から、鼻の穴から、体中の穴から、音符が零れ出てくるぜ。うん、ともかく避難しよう。夕方までどこか静かな場所、海岸か、山の中か、そこらあたりで夕方まで過ごし、工事が終わる頃に戻ってきて、それから原稿用紙に向かおうと目論んでいるんだ。

 

                                                                                                                  2020. 4. 6.