通信28-16 かつての弟子の成長を喜ぶ

今春は一年振りに昔の弟子と顔を合わせ、ついでに演奏を動画に収めていただいた。ずっと以前、その弟子にセバスチャン・バッハの音楽の構造を説明するためにチェロの組曲を二本のサキソフォーンで演奏できるように編曲したのだが、いかんせん相手は受験生で、ばたばたと過ごすうちに演奏する機会を逸してしまった。ようやく一年遅れで演奏する事ができとても嬉しく思っている。

 

 思えば流行り病の真っ最中に受験を迎え、色々と大変だったことを思い出す。スタジオも閉鎖になり、どうしようもなく駅前のドーナツ屋に潜り込み、音楽理論の勉強をしたり、入試の過去問を解いたりと、普段なら考えた事もないようなレッスンをした。

 

 東京の大学に進学し、偉い先生に教わりながら研鑽を積んできた彼は、とうに私を追い越していて、老骨に鞭打ちながらもふらふらと楽器に振り回される自分にとっては、なかなか頼りになる若者に成長していて嬉しい限りだ。まあ、レッスンというのは自分が三年を費やしてようやく手に入れた技を、弟子が一年で習得できるようにというコンセプトでやっている事なので、彼が私を追い抜いているのは当然の事なのだが。

 

 実はもっと素早く上達させる方法もあるだろうが、あまりに急ぐと上達の代償として、必ず大切なものを失くしてしまう。うん、人間にはキャパというものがあるんだ。今回、久々に弟子の顔を見て、演奏を耳にして、丁度いい塩梅に成長しているなとにんまりしている。また夏に帰省する予定なので、その時には新しい編曲を準備しておこうと思う。そうだね、これで少なくとも夏までは元気でいる理由ができた気がする。多分これは自分にとってもいい事ではないだろうか。

 

https://youtu.be/pvWXp6fh0lk