通信21-7 知らないうちにお洒落な男になる

 最近は隣室に若い女性が住んでいる。何をしている人なのかはもちろん知らない。部屋にいる事が多いところをみると、受験生かもしれないね。うん、この近くには大手の予備校があって、そこに通う生徒がたびたび引っ越してくるんだ。

 

 狭い階段ですれ違い、軽く黙礼するていどの間柄だが、頭の後ろできりりと縛った黒髪、フレームの太い黒縁の眼鏡の奥できらりと光るまなざし、どういう訳だか、いつもスポーツウェアに身を包み、額や頬に汗を光らせている事も多い。浮かれた感じが無く、何となく好感の持てる人だと思っている。

 

 その若い女性、何故か突然、大声で歌い出すんだ。それもかなりしっかりとした発声法で。といってもオペラだとか、あんな風に声を張り上げる感じじゃあないよ。もしそうだったら、さすがに私も苦情を入れざるを得なくなってしまう。うん、そんなんじゃあなく若い女性の等身大の気持ちを歌にしたような、いささか抒情的なやつ、そんな歌を大真面目に歌い出すんだ。多分キーボードの類が部屋に置いてあるんだろうね、ちゃんと歌う前に正確に音を取って、うん、一応決まったキーで歌う事を心がけているんじゃないだろうか。ともかく真面目な人である事は確かさ。

 

 その彼女が最近、あれ、どうしたんだろう、あのりりしい黒髪が肩のあたりでばっさりと切られているじゃあないか。しかもその切れ目から頭頂部の方へ向かって、およそ十センチほどが赤く塗られている。罰ゲーム?見せしめ?ともかく何か酷い目に遭わされたんじゃないだろうかと私の胸が騒めいた。

 

 ちなみに江戸時代に罪を犯すと、罪人の証しとして体中のいろんなところに入れ墨を彫られたらしいが、九州のとある地方では見せしめとして額に彫り物を入れられたらしい。まず初犯は額に大きく横一本線、うん、漢数字の「一」だね。再犯だと一の字に交差するように斜めにもう一本、それでカタカナの「ナ」となる。さらに三犯目になると逆の方向に向けてはらいを一本、つまり漢字の「大」さ。そうして四犯目となると右上に点を一つ、「犬」にされてしまうらしい。何だか酷いおちだね。その話を読んだ時、おもわず笑ってしまった。さて犬に成り果てた上に、さらに罪を犯すと、その罪状によって死罪、遠島などとなるらしい。という訳で額に「犬」と彫られた人を見たら気を付けないといけないね。

 

 いや、そんな事はどうでもいい。隣室の女の子、一体どうしたんだろう。うん、でもよくよく考えてみると、新しいお洒落の形かもしれないんだよね。斬バラ髪に朱の縁取り、われわれ年寄からみると、うううん、何やら不吉な感じがしないでもないが、若い人の感性ってのはわれわれには分からないからねえ。そもそも私は女性の髪型には疎いんだ。私が知っている女性の髪型といえば「おかっぱ」、「おさげ」、「ソバージュ」、「斬バラ髪」、「文金高島田」、後は一括りに「それ以外」ってな訳さ。ちなみに私の髪型は、「丸坊主」、もしくは「禿」と称される。

 

 なるほど、そう思って街ゆく女性を見渡すと、おお、髪の切り口から数センチをいろんな色に染めているお嬢さんたちが何人もいらっしゃるじゃあないか。赤だけじゃない、緑や黄色の人もいるよ。あわてて自分の古びた脳味噌を開き、「若い女性が頭髪の先だけを違う色に染めるのはお洒落のためであり、見せしめのためにあらず」という新しいデータをインプットしたんだ。

 

 そういえば、ぼろぼろに破れたジーパンを履いて街を闊歩する若者を見かけるが、あれも実はお洒落らしい。いつぞやインターネットニュースで、そういうジーパンの作り方を見た事がある。ダメージジーンズとかいう名称で呼ばれているらしいそれらのジーパンは、洗濯機の中に石と一緒に放り込んで作るらしい。私のズボンも数か所、穴が開いているが、これはいつも同じ鞄を肩から下げているため、その鞄と擦れ合うところにできた穴だ。いわば天然物って訳さ。でも、そういう風に意図的に自身を汚く見せるような服装が流行るのは、必然として汚い恰好をしなければならない我々貧乏人にとっては有難い事かもしれないね。うん、知らないうちに、この私だってお洒落な若者たちの仲間入りって訳だ。

 

                                                                                                       2019. 6. 28.