通信28-6 どうかあと一つだけでもいいから

 最近はあまり会う機会のなくなった、古くから付き合いのある友人とばったりあった。随分しょんぼりしているけど、どうしたのかな?話を聞くと、失明の危機に瀕しているそうで、毎回治療の度に一本五万円もする、しかもむちゃくちゃに痛い注射を打たれるそうだ。つい最近ではその注射を一日に二本も打たれたそうだ。うううん、それはしょげるなあ。でもそうしてまでもやはり視力は守るものなんだろうね。無力ながら心から回復をお祈りするばかりだ。

 

 私自身も十数年前にちょいと目を悪くして、それから長いリハビリ暮らしを続けたものの、いよいよ老化のせいか最近急激に視界が乱れてきた。もう、いいさと不貞腐れ、ほとんど諦めていたものの、薄明の中、新曲を一つ書き上げ、有難く原稿料をいただくと、うん、何だか浅ましいよね、あと一曲、あと一つだけ書きたいと欲がむらむらと頭をもたげてきたんだ。それでとうとう眼鏡屋に駆け込んだって訳さ。

 

 元々持っていた構想、「独奏チェロと二つのオーケストラのための協奏曲」、うううん、タイトルを聞いただけでも大いに傍迷惑だとわかる大袈裟な曲。ともあれそいつは諦めた。二つのオーケストラだって?それだけで縦に四十段の五線が並ぶ原稿用紙に向かわなきゃあならない。とてもじゃないがそんな総譜を管理できるような視力はない。

 

 そうだね、西川きよし師匠の言葉にならって「小さなことからこつこつと」うん、そうさ、そんな訳で一冊の大学ノートを買ってきたんだ。別に大曲じゃなくてもいいじゃないか。確実に書けるものを。さあ、そのノートに溢れるほどに一杯のモティーフを書き込んだら、清書に入るんだ。どんな曲になるかは自分でもわからない。ともかく夏までにあと一つ、あと一つは書き残したい。