通信27-17 12時だよ 全員集合

 それにしても酒飲みってのは酔っ払うと何だって外に出たがるんだろうね。やはり独りで飲むのは寂しいのかねえ。私が棲みついた路地に棲む酔っ払いたちも例外じゃなかった。もちろん寒い時はそうじゃない、でもちらほらと暖かくなると、ほら、よろよろとおぼつかない足取りで路地を徘徊するんだ。

 

 斜め向かいのサラリーマン、うん、イニシャルからN氏と呼ぼう。N氏は酔うと私の家の前をふらふらと右から左へ、左から右へ行ったり来たり、まさに右往左往ってなもんさ、焼酎の瓶を肩に担いで、大声で唸るその歌は、ああ、その名も「網走番外地」。とんだ銀幕スターの御登場だ。古びた路地の高倉健、うん、まあいいさ、でもできれば肩に担いだその酒瓶、せめて一升瓶にしれくれないか。そう、N氏の肩に担がれた酒瓶、そいつはいつも五合瓶なんだ。おお、何だかみみっちい健さんだね。でもわかる気もする。やはりどこかで酒量を減らさなきゃならないという気持ちがあるのさ。まあ、ともかくどういう心のメカニズムがそうさせるのかは知らない。路地を何周か回った後は、また大人しく家に帰ってゆくんだ。さあ、今宵のワンマンショウはこれにておしまい。

 

 実は路地を出てすぐのところに酒屋がある。その酒屋は夜の十二時に店を閉じるんだ。さあ、いけないってんでこの私も慌てて酒を買いに行く。近くにコンビニなんて便利なものはなかった。よし、滑り込みセーフってな感じで店に潜り込むと、毎晩顔を合わせるのはもちろんN氏、それからタクシーの運ちゃんさ。いつものアル中トリオの終結だ。間に合ったという安堵の表情を浮かべながら、各々カップ酒を手にレジに向かう。うん、三人とも買うのはカップ酒、やはり心のどこかで飲み過ぎてはいけないという気持ちがあるんだ。私の場合は突然落ち込んだ貧乏のせいもある。うん、私は阪神淡路震災ってやつで友人と回していた事務所を失くしたばかりだったんだ。まあ、そんな事はどうでもいいさ。

 

 タクシーの運ちゃん、路地の端にある彼の家、なかなかの傾き具合だったね。屋根瓦が落ちて、覗いた屋根板にはぺんぺん草が生えている。ぺんぺん草、これぞ貧乏の象徴さ。この運ちゃん、ともかく公共料金を溜めるんだ。最後の通告に訪れたプロパンガス屋のおやじが、がんがんと玄関の扉を叩く。「ガスの集金でぇぇぇす」路地中に響く大声。おいおい、道端で遊んでいるガキどもを笑っているぜ。返事がないとあきらめたガス屋のおやじ、苛立った様子で鞄から工具を取り出すと、実力行使だと言わんばかり、がちゃがちゃ音を立てながら玄関横のガス栓を閉じようとする。すると家の中に潜んでいた運ちゃん、きっと襖の向こうで聴き耳を立てていたんだろうね「何、勝手な事をしよるんだ」などと喚きながら、千円札を鷲掴みに飛び出してくる。あああ、どうせ払うんなら最初から払えよ。いつもにこにこ現金払い、良い言葉じゃあないか。

 

 そうこうしている間にも、おや、我が家の玄関からも人の気配が。がりがりとドアを引っ掻く音。耳を澄ますと「また、誰かが勝手に家に入り込んどるんじゃないやろうか」。そうさ、家主の声だ、ああ、また発症したな。救いがあるとすれば家主とはいえ離れの鍵を持っていない事だ。娘さんが鍵をどこかに隠して下さっているらしい。まあ、小一時間もすれば、うん、どういう心理的な変化があるのかは私には知れない。すっと我に返ったように家主は母屋へと戻ってゆく。その間、私はガス屋の来襲をかわすために息をひそめる運ちゃんを真似て、部屋の中で大人しく本でも読んでいればいいのさ。

 

                                                                                                    2022/ 11/ 17.