通信22-32 日本酒とヴァイオリンに溺れる

 昨日は久々に美味い酒を飲んだ。うん、一昨日の事だ。楽しいセッションを終え部屋に帰り着いた後、そのセッション相手、別れたばかりのお姉さんからメールが来たんだ。「明日、面白いライブがある。そのライブ会場で美味い酒が飲めるんだぜ」みたいな内容のメールだった。えっ?一体このお姉さん何を言っているんだ?まだまだ呆ける歳でもないだろうに。

 

 「まあ、明日はともあれ小さなお仕事が入っているので、それが早く終われば伺います」ってな感じの返信をしたまま、頭の中では、うん、何だかよく分からないけど楽しい情景がじわじわと浮かんでさ、ほら、桜色に頬を染めたお姉さんに、「ささっ、どうぞもう一献」などと呟きながらお酌をしている自分を思い浮かべると何だかわくわくと胸が躍り始めてさ・・・。

 

 次の日は思い切り全速力、うん、打ち合わせがあったんだが、何か確認されるたびに「はい、大丈夫、了解」と答え続け、最後はとうとう相手に訊かれる前から「はい、大丈夫」、ああ、もう壊れたレコードか、頭の悪いオウムだね。「それではそういう事でよろしくお願いしまあす。ではさようなら」とスタジオを飛び出し、右足と左足を交互に出すのももどかしく、ああ、もう二三本足があれば回転運動の原理で素早く移動ができるのになどと思いながら、小学生以来の三段跳び、うん、階段をいっぺんに三段ずつ降りる技さ、ともかく会場に向かったんだ。

 

 ああ、なるほど、ライブの演者のヴァイオリニストのお一人が日本酒の、うううん、何て言ったっけ?ソムリエみたいなやつ、ともかくその資格をお持ちだってんで、その方が選んだ日本酒を飲みながら演奏を聴くという内容の催しだったんだ。ヴァイオリン二台によるデュオ、あれ?もう一人のヴァイオリニスト、確か二十年ほど前に近所の屋台で酒を酌み交わした事があるぞ。

 

 うん、ともかくまずは演奏を楽しんだ。シュポアとかいう、曲芸めいた作風で知られた作曲家の作品。おお、凄い、やたらと音が上がったり下がったり、いやいや、これぐらいで驚いたりするもんか、何てったって数日前には木下大サーカス空中ブランコを観たばかりなんだぜ。

 

 演奏が終わり酒に流れ込むと、その日本酒ソムリエを始め現役のオーケストラの団員の方々を紹介していただく。「わたくしは・・・ええと、誰だっけ?・・・ああそうだ、太田だ・・・けちな作曲をおりまして・・・」しどろもどろの自己紹介、最近はもはや自分が誰なのかもよく分からないぐらいに呆け始めているんだ。

 

 ともあれ最近のオーケストラの団員が、皆柔らかく、柔軟な感性を持つ若者たちだという事を知り、ああ、良い時代になったもんだねえと思う。何だか昔のオーケストラの方々は随分とごりごりとしていたよなあなどと、あまり嬉しくない思い出をつまみに酒を飲み続けた。

 

 何だかふわふわした気分で博多の街を歩き続けた。そういえば初めてお姉さんの御顔をまじまじと見てみたが、異国情緒漂う美しい人だという事に気づき、ううううんと唸り声を上げてみた。いいなあ、これから薔薇色の人生が待っているんだろうねえなどと思いながら博多の闇に紛れ込むように細い路地ばかりを選んで歩き続けた。あれ、最近肌が黒くなってきた気がするんだが、これってもしかして闇が肌に染み込んできているんじゃあないだろうか。うん、丁度いいね、これからは黒子のように余生を過ごしてやろうと思っているんだ。

 

                                                                                                             2020. 2. 11.