通信24-30 知人の家探しを手伝う

 先週の週末の事だ。随分と無沙汰を決め込んでいた知人から突然の電話があった。ん?何だか暗い声だね。あれ、少し涙ぐんでないかい?そんな時には深入りしない方が身のためだと、無沙汰を詫び早々に話を切り上げようとした。急いで電話を切ろうとする私に縋るように「ちょっと待って」と声を掛けてくる。何か用件があるのかな?うん、これから家を探すので手伝って欲しいとの事。どこに住むのかと訊くと、二十年ほど前、私が住んでいた街、そこに住みたいので土地勘のある私に案内を願いたいとの事だった。

 

 家探し?まさか離婚するとかじゃないだろうな?うん、離婚はしない。ただ、旦那が単身赴任になったので一人で住む家を探さないといけないらしい。旦那が単身赴任、それはいいさ。その後住む家を一人で探さなきゃあならないのかい?うううん・・・、何だか心に引っ掛かる物があるが、まあいいさ、家探しは嫌いじゃあないってんで半日ほど付き合う事にした。

 

 最近は便利だねえ。前日にインターネットとやらで空き部屋の情報を仕入れ、そいつをプリントアウトして約束の場所に向かった。ほら、これが私のお奨めの部屋さ。十枚ほどのプリントの束を持ち、かつて知ったる街をふらふらと歩く。好きな街だ。私の人生の記憶中で、珍しく幸せを感じながら暮らせた街だった。ああ、それにしても随分と変わってしまったもんだねえ。元々は学生街だったんだが、その肝心の大学が遠くに移転してしまったんだ。これからどう変わってゆくんだろう。地元商店街の有志による町興しが盛んだと聞き、何となく楽しみに思う。

 

 それぞれの物件に対する私のお奨めポイントを訊かれ、一つずつ答える。「ええと、この物件のある場所は、川に近くて冬になると白鷺がたくさん見れるよ」「この近くには安い八百屋と魚屋があったんだけど、もう潰れたみたいだね」「このマンションの隣にはうるさい犬がいて、一日中吠えまくっていたんだけど、大丈夫、多分もう死んでると思うよ」「このアパートのそばのパン屋では一個三十円のシュークリームを売ってるよ」。私の親切な解説に対する彼女の答えは「ふう・・・」「ん・・・」「・・・」、つまり溜息か、生返事か、はたまた無言だった。

 

 それでもこの資料の中から決める事にしたと言い、お礼にと寿司を御馳走してくれ、さらにお土産にと通りすがりの酒屋で普段滅多に口にしないような高級ウイスキーを押しつけて来た。うううん、残念、今禁酒中なんだけどなあ、などと思いながらも有難く受け取る。そうだね、今、頭を占めているモティーフが無事作品になった暁には嬉しく封を開けるとしようかな。

 

 ちなみに私にも最近住みたいと思う街ができた。フェイスブックからの情報で、小倉に良い映画館がある事を知ったんだ。夢の中に出てきそうな古臭い建物、今は「ひまわり」が掛かっているらしい。「ひまわり」、うん、あのヴィットリオ・デ・シーカが監督した名作さ。へえ、今時そんなものを映す映画館があるんだねえ。すっかり羨ましくなってしまった私は、戸畑駅裏の路地をうろうろと歩き回りながら、時折、人の少ない映画館でワンカップを片手にマストロヤンニやソフィア・ローレンの活躍する姿に見入っている自分を思い浮かべてみた。ああ、いいねえ。そうしてまた路地裏をうろうろ。人生の最後は、そうだね、もし夏の頃なら路地の金網に絡みつく一本の蔦に、冬の最中なら路の隅っこに転がっている小石になってしまいたいねえ。

 

                                                                                                           2020. 11. 4.