通信24-10 新しい眼鏡が懐かしい風景を運んでくる

 視力を矯正できる事がわかった。これまで、ずっと十年以上もほとんど手探り状態であらゆる作業をこなしてきたんだ。今、書いているこの文章だって、差別的なニュアンスがあるってんでマスコミから消えてしまった言葉、うん、「ブラインドタッチ」とかいいうやつ、そいつに頼ってパソコンに打ち込んでいる。もう十数年も前の事、まだかろうじて本を読む事ができた私は、これから訪れるであろう不自由な未来に備えて、キーボードの文字配列を憶えるために、数冊の問題集を丸ごと必死で打ち込んだんだ、ああ、今となってはそんな日々が懐かしい。

 

 ある程度、目を矯正する事はできるが、その代わり飛躍的に視力が低下すると人に警告され、怖気づいた私はその矯正ってやつから目を背けていたんだ。うん、でもさ、ぼんやりと見えない状態でじわじわと長い年月を食い潰してゆくよりはさ、一年でも半年でもいい、一気に書けるものを書き上げ、あとは首を括っても良いさ、ともかく何らかの気力ってものが残っているうちに、人生とかいうやつにけりをつけた方がはるかにいいんじゃないかと思い始めたんだ。太く短くってやつだね。短く、うん、大いに結構。もうそろそろ生きている事にも飽きてきたんだ。

 

 よし、強力な眼鏡を作ろう。一眼レフ眼鏡なんてどうかね。そうだ、あの蠅みたいなマスコミの連中が構えるカメラ、遠くから容疑者の姿を捉えようと必死で構えるカメラに装着された望遠レンズ、あの奇怪な望遠レンズみたいな形をした眼鏡はどうかね、などと馬鹿な事を考えながらも、希望に胸を熱くしながら眼科の門をくぐったんだ。うん、視力の事だけじゃあないさ、細長く、だらだらと暗い人生とやらにしがみ付く、そんなしみったれた健康志向はもう止めるんだ。人生、そいつを一気に駆け抜けてやるんだ。

 

 出来上がってきた眼鏡は、うん、特に変わった形って訳じゃない。何の変哲もないやつさ。そいつを掛けて譜面を見てみると、おお、シャープやフラットやナチュラル、うん、臨時記号ってやつね。音を上げたり下げたり、ああ、忙しいね、その記号を久しぶりに、ああ、随分とご無沙汰してますってなもんさ。これまではすべて勘に頼ってその臨時記号ってやつを処理していた。多分、自分でも気づかないミスを方々で振り撒いてきた事だろう。ああ、ようやくこれで大手を振って楽器を掻き鳴らす事ができるじゃあないか。初見で合奏する事もできるぞ。これでもう引っ込み思案のふりをする必要もないね。

 

                                                                                                         2020. 10. 10.