通信22-17 ウォークマンは眠り続ける

 何だかあらゆる出来事を遠くに感じる。自分だけがひりひりとした気持ちを抱えて蚊帳の外にいるように感じるのは、うん、まだおぼろげなものでしかないが、確かに新しい作品を腹の中に抱え込んだからさ。まだ今は小さいが、これから途方もなく膨らんでゆく「おでき」みたいなやつ、そいつがしこりみたいに胃の中に居ついたんだ。

 

 十数年ぶりさ、まともに曲を書こうなんて。うん、この感覚は確かに憶えがある。最後のヴァイオリンの協奏曲を書いた時以来だ。数か月間も休む間もなくしこりと取っ組み合い続けたんだ。それにしてもそれ以前の自分は何十年もこんな状態で日々を過ごしていたんだろうか。ああ、そうだね、それまでの自分は作曲という行為を途切れさせる事はなかったからね。このおかしなテンションと込みで生きて来たんだ。なるほどこんな感じじゃあ高血圧や心臓病を患っても不思議じゃあないね。

 

 数日前、初めて一緒に飲みに行ったМさんにお借りしていたカセットテープの事をふと思い出した。その時一緒に借りたDVDの方はすぐその日のうちに観てしまったんだが、カセットテープの方は、ん?カセットテープ?そう、カセットテープ、そいつを聴くための道具、押し入れのどこかに眠っているその道具を取り出すのが面倒臭くてしばらく放っておいたんだ。

 

 首をぐにゃりと曲げ、腕をぴいんと伸ばし、足はもちろんつま先立ち、そんなおかしな姿勢で押し入れの中を掻きまわす事数十分、ようやく手にしたのは数十年前には最新式だったカセットウォークマンってやつさ。ああ懐かしいね。「ウォークマン」、初めてその名前を耳にした時の事を憶えている。友人「ああ、ウォークマンが欲しいなあ」、私「大熊って誰?」うん、確かそんな馬鹿々々しい会話の中での事だった。

 

 それで押し入れの中ですっかり惰眠を貪っていたウォークマンがどうしたかというと、ああ、やはり眠り続けるばかりだった。買ってきたばかりの単三電池を押し込み、スイッチを入れると確かに「しゅううう」という音は聴こえるんだが、肝心のモーターが動かない。もはやその「しゅううう」という情けない音はウォークマンの寝息さながらさ。

 

 よし、そんな時は無理に起こそうと、寝ているそいつを分解する事にしたんだが、あれ、極細プラスドライバーがないじゃないか。そもそもこいつら、うん、道具ってやつね、必要のない時にはいつでも目の前に現れ、「御用はありませんかあ」などとにやにやしている癖に、肝心な時には姿をくらますんだ。机の上や、引き出しの中を掻きまわす事数分、うん、もういいや、今はそれどころじゃないんだ。胃の中の「おでき」の事を考えるとさ、それ以外のすべてが投げやりになってしまう。そうだね、ついでにこの馬鹿々々しい文章も投げ出してしまおう。

 

                                                                                                         2019. 1. 2.