通信24-9 太陽がいっぱい

 相変わらずおかしな夢を見るもんだね。夢の中の私は、どこか知らない国で、見知らぬ男から住居の提供を受けていた。男は白人。たどたどしい会話が続いていたのは、相手が外国人だからだが、夢から醒めてみると果たして日本語で話していたのか、あちらさんの御国の言葉で話していたのかがどうもはっきりしない。

 

 ともかく私は木造二階建ての住居、というよりはむしろ博物館か記念館のようにも見える、その中を白人男に案内されていた。ん?もしかして私は何かの記念館の住み込み管理人でも任されようとしているんじゃないのか?

 

 部屋はだだっ広かった。壁には古い本がぎっしりと並んでいて、棚やテーブルの調度品はなかなか立派な物だった。窓は大きく、あれ?この部屋トンネル状になっているのかね?そのトンネルに栓をするみたいに大きな一面ガラス張りの窓が横に長い部屋を挟んでいる。

 

 案内の白人男が自慢げに言う。「うまく時間が合えば、この左右の窓から同時に朝日と夕日を見る事ができるのです」。その時ちょうど「うまく時間が合った」らしく、右の窓から薄明を切り裂くように輝き始めた朝日が、左の窓からは澄み切った群青の山影に沈み込んでゆく真っ赤な夕日が見え、私は大いにうろたえ滂沱の涙を流した。だってあまりに美しいからさ。

 

 うん、この部屋、多分どこかにピアノがある筈だぞ。間違いない、この部屋はかつて作曲家が住んでいた家なんだと勝手に思い込み、辺りを見回す。白人男が、私の考えなどお見通しだとでも言いたげな薄笑いを浮かべて、ほら、と小さな声で言い、何かに掛けられた布をめくると、その何かってのはもちろんピアノさ。

 

 私はちょいとがっかりした。そのピアノ、ほどよい装飾はなされているものの、あまり鳴りが良くなさそうなんだ。うん、鳴りの良し悪しが一目でわかるような楽器ってのはざらにあるんだ。

 

 男が陽気な笑いを浮かべ、立ったままピアノの高音部を使って何かを弾き出した。ん?リール?あの、バグパイプの音でよく耳にする底抜けに明るい踊りの曲さ。そうか、その音を聴いて私は、今自分がスコットランドにいる事にようやく気付いたんだ。

 

 ならばと私もピアノの前に腰掛けて、左手でバグパイプを模したドローンを鳴らし、右手で空いている中音域の鍵盤を使ってイギリスの民謡らしきものをアドリブで奏でた。うん、良いね、これこそが幸せな瞬間っなもんさ。

 

 そこでふと目を覚ました。幸せの絶頂で目を覚ます、うん、そいつが夢ってもんさ。目を覚ましてみると、私は布団にぐるぐる巻きに包まれていた。北国に行った夢を見る。単に寒かったからだろうねと、自身の単純さを嗤う。それにしてもこんな変な夢を見た理由、そいつはよく分かるぜ。

 

 昨夜、今度の石原まりさんとのインスタライブで話す事を整理していたんだ。それまで虚ろな響きに支配されていたヨーロッパの本土に、甘やかな柔らかい響きを持ち込んだ男ダンスタブル、彼は作曲家にしてイギリスからやって来た外交官でもあるんだ。そのダンスタブルの事をあれこれと想像しながら眠った夜に見た夢がこの頓珍漢ながら、大いに幸せな夢って訳だ。住居を提供される夢を見るってのは、うん、そろそろ私もホームレスかな、さてアパートを追い出されたらどこに行こうかなあ、などとここしばらくの間考え続けているからさ。

 

 それにしても太陽が二個同時に現れるってのは、ああ、相変わらずのいかれっぷりだねえ。いやいや、これでも随分大人しくなったもんだぜ。若い時には、海から五つ、六つ、七つ・・・と次々に太陽が現れて、眩しくて目を開けていられないという夢をよく見たもんだ。

 

                                                                                                        2020. 10. 9.