通信22-27 地下室の甘い誘惑

 それが朝なのかも夕方なのかも分からないような暗い空に、冷たい雨が横殴りに降りつける。いきなり西の空が光り、あたりに雷鳴が響く。ああ、いいねえ、これこそが冬さ。人間の一人や二人、簡単に掻っ攫っていくぞとでも言いそうな、凶暴で不吉な季節、そいつがようやく片鱗を見せたんだ。突然屋根を打つ強烈な音、まるでスネアドラムみたいな音、もしかしたら雨に霰でも混じっているんだろうか。

 

 ここ数日、出す音に元気がない。ぺこぺこと方々に向かって頭を垂れているような情けない音が私のラッパから漏れ続けている。これは、うん、大いに血圧が下がっているか、心拍数が少ないか、多分そんなところだろうね。冬は毎年、誰かしら知人を連れ去っていくが、なかなか私を連れて行ってくれる事はない。もうそろそろ順番が来ても良さそうな気もするんだけどね。

 

 などといささかしょぼくれた気持ちでぼんやりと過ごしていたら、おお、何だか思い切り元気がでる動画に出くわした。二人の男がいきなり地面を掘り出したんだ。東南アジア?英文の解説を読むと、うん、カンボジアと書いてある。何という道具なのかも知らない。長い柄にこれまた長い刃物状の板を取り付けたもの、そいつで地面を削り、両手ですくった土を次々と穴の外に放り出してゆく。へえ、スコップってものを使わないのか。

 

 その二人、驚いた事にそのままテーブルやソファの形に土を掘り出していったんだ。それから窓状の小さなスペースを次々と削り出してゆく。これは後で燭台置きになるんだ。凄いねえ。この人達は、うん、何という仕事なのかは知らないさ、ともかくこういう事をするプロなのかねえ?まるでその手の昆虫のような正確さでぐんぐんと作業を続けてゆく。

 

 一通り部屋が出来上がると、そのままその部屋の隣にまた大きな穴を掘り始めた。うん?これは風呂?いやいや、どうやらプールのようだ。そのプールから天井に向かって穴を開け、滑り台状のスロープを作る。なるほどこれがウォータースライダーってやつだね。水はどうするのかって?うん、中を繰り抜いた何本もの竹を接いで、近くの川から引いてきたんだ。

 

 ああ、何やらどきどきした。ううううん、人間ってのもまだまだ棄てたもんじゃあないねえ。今、秋に新作の協奏曲を書くための仕事部屋をどうしようかと思案している真っ最中だ。そこで最後の音符を書き終え、そのまま息絶えてもいいと思えるような空間。ああ、もし私があと二十歳若ければ、何が何でもこの地下の家づくりに挑むんだが。

 

 ちなみに私を興奮させたユーチューブの動画は「building the most secret underground house and water slider to swimming pool」という長いタイトルのものです。

 

                                                                                                    2020. 1. 28.