通信22-26 ジミヘンも真っ青?

 ここ数日間、慣れないパソコンの作業に頭を突っ込んで過ごした。去年の夏頃に勉強を始めて、それからしばらく中断していたDTМとかいうやつ。要するにコンピューターを使って音源を作るってやつさ。年寄りには面倒臭い作業である上に、特に必要に迫られている訳じゃあないってんで、ずっと後回しにしていたんだ。今回、どうしても自作のサンプル音源を作らなきゃあならなくなったってんで、一念発起、頭の形が歪むくらいにぎゅうぎゅうと捻じり鉢巻きを締めてパソコンに向き合ったんだ。

 

 以前なら、仕事場の回りにたむろする若者に、よろしくねってんで押しつけていたような作業も、一人きりになってしまった今では、全部自分でこなさなきゃあならない。うん、それもいいもんさ。いい呆け対策になるってなもんだね。

 

 面倒臭いというだけで大した仕事じゃあない。サンプル音源の作成。まあ言ってみれば食堂の前に並んでいる蝋細工のカレーライスやカツ丼、うん、あんなものを拵えるんだ。もちろん凝った事などするつもりもない。かっぱ橋横丁だとか日本橋筋だとかを冷やかしながら歩いていると、恐ろしく精巧な蝋細工の見本が並んでいるが、ああ、まさに本物と見分けがつかないようなやつ、その手の物を作る情熱とやらは私からすっぽりと抜け落ちている。少なくともこれは私の仕事ではない。誤解のないようにしっかりとした譜面を書く、私に課せられた仕事はただそれだけさ。

 

 数か月ぶりに作業用のソフトを立ち上げ、ちょいと弄繰り回してみると、あれ、データの保存ができないじゃあないか。そうか、仕事用のパソコンはインターネットに繋いでいないんだ。自動更新ができない。なるほど持ち主同様、パソコンも刻一刻と世間様に取り残され続けているって訳だね。

 

 さあてってんで、インターネットに繋ぎ、ソフトを更新してみると、うん?何が変わったんだろう?とくに目新しい事には気づかないが、ただデータを立ち上げるたびに余計な文言がいちいち画面に現れるようになった。「完成までもう少し、がんばれ」だの「大ヒット間違いなし」だの「ジミヘンも真っ青」だの、励ましているのか愚弄しているのかもよく分からないような文句がいちいち出てくるんだ。それにしても「ジミヘン」って何だろう?としばらく考え込んだ。あっ、もしかしてジミー・ヘンドリックの事かねえ?あのギターを歯だったか目だったかを使って弾くという勇者の事かな?ちなみに私は地味で変な男だ。

 

 もう少し頑張って良い機材を揃えれば、簡単な作業で済むところを、ああ、貧乏人の哀しいところだ、非常に原始的なやり方で、耳をだけをたよりにせっせと単純な作業を繰り返す。うん、何より怖いのは耳が駄目な音に慣れてしまう事だなと思いながら、耳の鮮度を保つために何度も作業を中断して散歩に出る。

 

 ようやく作業を終え、一通り聴き流してみる。ううううん、まあ、メトロノーム記号とか、曖昧な音楽記号を書きつけただけの譜面を送るよりは、相手に喜ばれるかもしれないねえ。それにしてもこの作業、凝り出すときりがないだろうねえ。深みに嵌る事の無いようにするには、「大ヒット間違いない」だとか「ジミヘンも真っ青」だとかというような、作業のたびに、こちらの熱を一気に冷ましてくれるような馬鹿な言葉を思い浮かべるのもいいかもしれないね。

 

                                                                                                        2020. 1. 26.