通信22-25 知人に部屋探しをお願いする

 年末からずっと続いていた酒をようやく抜いた。年末年始に様々な人からいただいた酒を、やっと飲み尽くしたんだ。特に年が明けてからはもう自分がどれぐらいの量の酒を飲んでいるのかも分からなかった。思えば若い頃はずっとだらしのない酒飲みとして過ごしていた。今、酒がすっかり抜けて、ようやく一月振りぐらいに静かな朝を迎えている。これでようやく作曲に専念できるというもんだ。

 

 先日、秋に新作を書くために部屋を借りられないだろうかと、そう訊いた友人から連絡があり、数年前、私に貸した療養部屋は今は他の人に貸している、また別を当たってみるという返事を貰った。有難い事だ。

 

 それにしても私がかつて借りていた療養部屋、そこに今、人が住んでいるんだって?うん、私はその事にいささか驚いたんだ。私がそこに住むまで、その家はほぼ十年ほど空いていたらしい。家は空き家にしておくと、すぐに痛んでしまうというのはよく言われる事だが、なるほどその言葉の通りその家は傾きかけていた。六畳が二間に台所、割と広い廊下が気に入ったが、その明るい廊下以外に誉めるところが一つも見つからなかった。

 

 その部屋に今住んでいるのは母親と小学生の娘が一人、うううん、何やら不幸の香りがぷんぷんと漂ってきそうじゃあないか。実はその母親、新興宗教に嵌って、そのせいで離婚せざるを得なくなったそうだ。ああ、今、私が病に不貞腐れて日々ごろ寝して過ごしたあの部屋には毎日、母娘二人のお念仏の声が響き渡っているのだろうか。もちろん実際にはその二人がどんな宗教に嵌っているのかは知らないので、「お念仏」というのは私の勝手な妄想だ。

 

 ところでその家、私が住むまでは虫たちの天国だったらしい。崖のすぐ裏に建っていたその部屋には、崖の割れ目から這い出して来る虫たちの戦闘場になっていたようだ。屋内に住むおぞましい虫、あの台所を中心に這いまわるやつら、そいつらを求めて崖の隙間から百足が這いだして来るんだ。その百足に戦いを挑む勇者、そいつらは天井に控えている。 

 

 うん、日本最大の蜘蛛といわれる足高蜘蛛、そいつらが百足めがけて落下してくるんだ。八本足の獰猛な落下傘部隊。最初は何の音だか分からなかった。ぼとっ、ぼとっと畳に何かが落ちる音、それからざざっと畳の擦れる音、そうさ、蜘蛛が百足にかぶりついている音さ。

 

 それで私は平気だったのかって?うん、そうだね、その時はあまり目が見えてなかったんだ。「盲人、蛇に怖じず」のことわざ通りだね。ああ、でもそう考えると、やはりあの部屋は療養所にはなれど仕事部屋には向いていないかもしれないな。うん、日当たりの良い、そして窓からの眺めも良い、そうだね暗く、狭苦しい部屋で書くと、やはり音も縮こまったようなものになるんだ、どうか清々とした気分で仕事に打ち込める部屋を、友人が探してくれる事を大いに期待しているのさ。

 

                                                                                            2020. 1. 22.