通信24-2 病院をはしごした

 

 初めて病院とやらをはしごした。内科と眼科。腹が減ったら食堂に出向くように、体が壊れれば病院に行く、そんな当たり前の事にようやく気付いたんだ。五線紙にへばりついている間、どんどん目が翳み続け、もはや譜面を読む事も書く事もままならないと思い、近所の眼科に転がり込んだんだ。ともかく少しでも見えればいいさ。「こんな私の視力ですが、矯正というものはできますでしょうか」と、おずおずと目ん玉を看護師さんに差し出した。まるで期限の切れかかったパスポートでも差し出すみたいにさ。

 

 検眼用の眼鏡のフレームにかちゃんかちゃんと手早くレンズを入れ換え、これではどうかと訊かれ、「うん、もうこれで充分です」と頷き、その「居酒屋どんどこどん」の人形の眼鏡をさらに数倍太くしたようなやつを鼻の上に乗せて、眼科の待合室の椅子に蹲り、ぼんやりと過ごす。大きなテレビの画面を何気なく眺め、へえ、ミヤネセイジってのは、ガダルカナルタカってのは、こんな顔をしていたのか。声だけでは人相ってのは分からないもんだねえなどと嘯きながら、眼鏡が目に馴染むのを待った。待合室の窓は一面ガラス張りになっていて、遅い午後の陽射しが一杯に射しこんでくる。伝染病対策なのだろう、正面の扉は大きく開け放たれていて、乾いた秋の柔らかい風が心地よく吹き込んでくる。

 

 ともあれ秋だ。いろいろと季節の変わり目の準備が必要だ。靴下、いやいや、そいつはまだ早い。十一月も押し詰まって、足の踵がぱりぱりとひび割れ始めてからで十分さ。それよりも長袖のTシャツ、そいつが必要だね。そいつを三枚、それを順番に着回しているうちにいつの間にか初夏を迎えているって寸法さ。それ以外の物を身に纏う事はない。もうそれは数十年も続いている快適な私の冬の過ごし方だ。その薄っぺらなTシャツの上にコートだのジャンパーだのを羽織る。その上着と下着の間を隙間風が吹き抜け、あの薄気味悪い暖気を吹き飛ばしてくれるんだ。うん、それこそが冬ってなもんさ。そういえば随分と昔、同居人がセーターとかいう物を買って来てくれたが、袖を通すと、たちまち嫌な汗に体中を覆われ、息をするのも苦しくなった事がある。それでも相方に申し訳ないと、そのセーターに包まって数日を過ごしていたら、何やら蕁麻疹のようなものに体を覆われ、卒倒しそうになったという苦い経験があるんだ。

 

 眼科でぼんやり時が過ぎるのを待っていると、あれ、電話が鳴っている。数時間前に薬を処方していただいた薬局からだ。薬剤師さんが慌てふためいた声で、先ほどは間違った薬と渡してしまったとの事、うううん、面倒臭いなあなどとつぶやきながら、とぼとぼと薬局へと向かう。薬なんてちょっと違ったところで、どうせまた別の何かに効くだろう。私のように体中どこもかしこも悪けりゃさ、うん、どこかかが治るからいいんじゃないのかねえ、などと思うんだが、やはり何らや面倒臭い、責任問題とかさ、そういう事があるんだろうね。ともあれ萎えた足で街中を行ったりきたり。まあ、運動不足の体にはよかったねってなもんさ。

 

                           2020. 10. 1.