通信24-4 玉羊羹のような水ぶくれ

 そういえばおかしな春だった。今年の春は。伝染病が猛威をふるい・・・いやいや、世間様が言うほどに猛威をふるったって訳じゃない。ただ、人々はあまりに過剰に反応したんだ。元々、人は大騒ぎってのが大好きだからさ。街中いたるところで罵り合い。私が購読している地方新聞には三日連続で、若い者から怒鳴られたという年寄りの投書が載った。やれ咳をして怒鳴られただの、マスクを忘れて詰られただの、近くを歩いていていきなり殴られそうになっただの・・・。

 

 私自身は、ともかく苛立ったやつらの顔など見るのは御免だと、すっかり人を避けて過ごしていた。誰も通る事のない工場街の川沿いを散歩したり、うん、その頃、ほとんどの工場は操業を停止していたので、ほとんど人気のない街はがらんとしていた、夜中に終夜営業のスーパーマーケットで買い物をしたり、部屋に閉じこもってかりかりと原稿を書き続けたりとかさ。

 

 そんな私だが、ある時、酷い体調不良に襲われた。突然寒気がして、水から上がった犬みたいにぶるぶると体を震わせた。目が翳み、体がやじろべえみたいにゆらゆらと揺れた。その症状、ようやく治ったと思ったら、その次に日には未練がましい女みたいにすぐに私の体に戻ってくるのだった。

 

 この体調不良はもはや治らないのだろうかと思っていた矢先、足の裏に突然水疱ができたんだ。うん、水ぶくれとか呼ばれるやつ。右足の土踏まずのあたりに突然できたそいつは、ぐんぐんと、ああ、まさに高度成長期さながら、どんどん巨大化していった。

 

 まったく味わった事のない不思議な感覚だった。何か変な生き物でも踏みつけているかのような感覚。一歩踏み出す度に、足の裏に妙な痛痒さが広がった。そんな巨大な水疱を足の裏に抱えているんだから歩きにくくない訳がない。無意識のうちに足を庇っているらしく、私はいつの間にかすっかり足首をおかしな方に向けて歩くようになってしまった。そうして足の裏のみならず、足首から脛のあたりまでがずきずきと痛みだした頃、とうとう耐えかねて近所の皮膚科に転がり込んだ。そこで足に溜まった水を抜いていただくと、あらら何とも不思議、それまでずっと私を悩ませていた体調不良までもがすうっと消えるように治ってしまったんだ。

 

 足の裏の障害物が消えてしまうと、ああ、何となく寂しくなってしまった。私は人と会うたびに、相手の迷惑も考えず、その奇妙な水疱について捲し立てたんだ。はて、それにしてもこの面妖な水疱をどんな風に説明すればいいのだろう。おお、そうだ、その水疱、子供の頃よく目にした小さなゴム風船に詰められた羊羹によく似ている。ちなみにその羊羹、その名を「玉羊羹」というらしい。

 

 ところが若者たちは玉羊羹の事を御存じなかった。まったくしょうがないなあ、などと嘯きながら、私は市内あちこちの和菓子屋を覗いては玉羊羹を探したんだ。そしてとうとうそいつは見つかった。私は嬉々としてそいつを買い込み、早速友人たちに配って歩いた。「さあ、この羊羹こそ私の足の裏にできた水疱そっくりなのです。どうぞ、お召し上がりください」。うん、でもよく考えたら、その羊羹を勧めるのはいささか失礼じゃあなかったかね。

 

                         2020. 10. 3.

 

 昔、ちびまる子ちゃんというアニメの一場面。納豆が臭くて食べられないというまる子に対して、父親のヒロシが言い放った台詞が「納豆は俺の足の臭いだ。食え」という訳の分からないひどいものだった。ああ、でもさ、自分の足の裏にできた水疱によく似た羊羹を人に勧める私、うん、ヒロシと大して変わらないんじゃあないのかねえ。