通信22-19 最近、猫に絡まれるんだ

 ようやく練習場が開いた。年末にあまりにテンションを上げ過ぎた私は、その高いテンションのまま年末年始の休みに呑み込まれてしまった。起きて、酒を飲んで、好き勝手な考えで頭を一杯に満たし、疲れると寝て、悪夢にうなされ、その悪夢から逃げ出すように目を覚まし、酒を飲んで・・・この繰り返しだ。朝から楽器をさらうという事がいかに自分の生活のリズムを作っていてくれたのかが身に染みた。

 

 暴飲のせいで体がどんどん膨らんでゆき、新作のメモ帳はたちまち真っ黒に埋め尽くされてゆく。ぐったりと疲れ、その疲れの底で夢を見るようにまだどこにもない音を聴く。うん、これが作曲の醍醐味ってやつさ。浮かんで来たモチーフを正確に書き取る事はまだしない。わざとその輪郭だけを雑に書き取る。音符を正確に書き留める、それは生きている蝶をピンで留めてしまうような酷い行為だ。まだまだ当分の間、頭の中で生きたままの蝶を羽ばたかせるんだ。

 

 ともあれ楽器をさらう事をやめたら、もう作曲以外にする事なんか何一つないんだと痛いほど感じたこの一週間だった。

 

 最近、決まった道の決まった場所でかつあげと言おうか、追剥ぎ?いやいや、それはいくら何でも大袈裟だ、ともかく絡まれている。といっても相手は猫なんだが。毛並みの良い雌猫さ。町内の人気者なんだぜ。たまたま通り掛かった外国人観光客から、クロネコ印の宅急便屋のあんちゃんにいたるまで、皆ことごとくそいつの頭を撫でてゆく。

 

 最初はすれ違うたびに小声で「よっ」、「にゃ」と言葉を交わすぐらいの仲だった。ある夜、酔っ払って人気がない深夜のその道を歩いていた時、そいつがいきなり「にゃあにゃあ」と声を上げながら近づいてきたんだ。もしかして腹がへっているのかね?そう思った私はポケットにいつも忍ばせているクルミを取り出して目の前に置いてみた。おお、なかなかの勢いでクルミを平らげていくじゃないか。うん、そしてそれ以降、夜、そこを通る酔っ払った私に向かって、当然のような顔で食べ物を要求するようになったんだ。

 

 でも彼女が食べ物をねだるのは夜だけだった。昼間、目を合わせても「にゃ」と興味なさそうに声を出すだけなのはあいかわらずだったが、ほんの数日前、まだ正月気分の中で街が眠りこけているように静かで、人一人いないその時に出会った彼女は、まるで夜中出会った時のように、にゃあにゃあと物欲しそうな声を上げながら、目の前に置かれた空っぽの皿を顎で指し示すんだ。

 

 うううん、困ったね。今日は手ぶらなんだぜってんで、すぐそばのスーパーに駆け込む。ところで改めて猫の為に食べ物を買うとすれば一体何を?そうだ、チーズを買ってみよう。うん、その日の朝刊の四コマ漫画で、又吉とかいう猫がお年玉にチーズを貰うシーンがあったんだ。早速チーズをあげてみると、なるほど美味そうに食べるもんだね。

 

 そしてその次の日、またまたそいつに食べ物をねだられた。丁度その時は、鞄の中に貰ったばかりのカレーパンが入っていたんだ。うううん、猫ってカレーパンを食べるんだろうか。おそるおそるそいつをちぎって目の前に置いてみると、ああ、頻りに鼻を近づけて匂いを嗅いでいるぞ。おっ、齧りついたじゃないか。へえ、猫ってカレーパンを食べるんだ。うん、めでたし、これでインド人にさらわれても大丈夫だね。

 

                                                                                                         2019. 1. 6.