通信22-12 再び黒いオルフェを

 ぽろぽろと次から次に溢れてくる音符を、うん、丁寧に汗を拭きとるみたいにいちいちメモしていたら、あれれ、あっという間に大学ノートが一杯になってしまった。おいおい、一体何曲書くつもりなんだよ。大盛り協奏曲でも書こうってのかい?うん、いいねえ、天丼大盛りの松みたいなやつを十曲は書きたいね。そういえば数日前、「ももいろクローバーZ」なるグループの曲に「猛烈宇宙交響曲第七楽章」とかいう凄えやつがある事を知った。ちなみにタイトルは大仰だが、実際に曲の方はごく普通だった。残念。

 

 半日メモをとって、ああ疲れたと逃げ込む先はウイスキーさ。久しぶりに「黒いオルフェ」を観ながらウイスキーを舐めた。「黒いオルフェ」だって?まだブラジル気分が抜けないのかよ?うん、もう少しだけ。この映画を観終わったらまたしこしこと地味な日常に戻りまあす。

 

 この「黒いオルフェ」って作品、良いものだとは思うけど、やはり神話のアレンジにはもう少ししっかりとした企みが必要なんじゃないだろうかね。この作品、オルフェウスが死んだ妻であるエウリュディケーを冥界から取り戻そうとして失敗するというギリシャの神話を基にしているんじゃないかと思うが、神話の根源にある運命の必然が描かれていないんだ。突然現れた死神ってやつが随分と浮いて見えるね。なんだかスパイダーマンみたいな恰好もしているしさ。

 

 この映画、「カーニバルの朝に」というボサノバをテーマと思っている人が多いが、実際に「カーニバルの朝に」が歌われるのは一度だけだ。新曲ができたぞと、子供たちに「カーニバルの朝に」を歌って聴かせるオルフェ、そこにうるさい女たちが押しかけてくる。女たちを避け、子供にギターを渡しながら身を隠すオルフェ、そこでユリディスと出会いたちまち恋に落ちる。

 

 街を見下ろす崖の上で指を絡ませ合うオルフェとユリディス、小屋の中からは子供がたどたどしく弾く、今しがた聴いたばかりの「カーニバルの朝に」が流れてくる。彼方ではカーニバルのドラムの音が終わる事なく鳴り続けている。その激しいドラムの音、群衆の叫び声、鳥の声、自動車や飛行機の音、それらの現実音の狭間を、不安を纏った新しい恋人たちの喜びそのもののような、細く哀し気なギターの音が漂う。どこまでも美しいシーンさ。でも、美しいってのはどこまでも悲しいねえ。私はこのシーンを観るだけでもう胸が一杯になってしまう。

 

                                                                                                       2019. 12. 23.