通信21-15 遊びに行きたいのに作曲が止められない

 随分と遅れてやってきた梅雨のせいで、今年の夏は短くなってしまうような気がしている。梅雨が遅れてやってきたり、いつまでもぐずぐずと居座ったり、そんな事はこれまでにも度々あったが、それでもある時期になると夏はすっぱりと終わり、秋にずれ込んでゆく事はない。私が思う夏、礫のように終わりなく垂直に降り注いでくる光の粒に体を、目を、臓腑を、心とかいうやつまでもを焼かれ尽くす季節、それが夏だ。盆の入りの直前、突然海の色が濃く沈んだものになり、焼き付けるような光の代わりに、蒸し上げるような熱気が世界のすべてを包んでしまうような日々が始まる。その日々を夏とは呼びたくない。

 

 そうさ、あと二週間もすれば夏は終わってしまう。思えば子供の頃の夏は長かった。夏休み、その休みの間中を夏だと信じていた。光にも風にも大いに鈍感なガキは、夏休みが終わりに近づくにつれ、次第に嵩を増してゆくような錯覚を呼び起こす「夏休みの友」とかいう小冊子と丁々発止を繰り広げる事すら夏の風物詩だと思っていた。

 

 夏の終わりまであと二週間ほど、その間どうやって夏を満喫してやろうかと胸を熱くしている。いや、夏を満喫ったって、浮き輪やシュノーケルを担いで、ビキニ姿のお姉ちゃんたちと海に繰り出すとか、虫よけスプレー片手に山奥でキャンプを張ろうなんて訳じゃあない。ただひたすら、日がな終わりなく響き続ける蝉の声のように気持ちを湧き立たせながら、照り返しを受けフライパンのように熱くなったアスファルトを踏みしめながら街を歩き回るだけだ。

 

 そういえば「虫よけスプレー」で思い出したが、高校生の頃、キャンプに行く前日に近所の薬局にその虫よけスプレーとやらを買いに行ったんだ。当時売れていたスプレー、商品名を確か「スキンガード」といった。邪心のかけらも無く「スキンガード下さい」と言う私に向かって、顔見知りの薬局のおばちゃんは「あんた、まだ高校生やろうが・・・」と険しい顔を見せたものの、すぐに自分の間違いに気づき、顔を真っ赤にして「はいはいスキンガードね、もちろんありますよお」と慌ててガラスケースからそいつを取り出してくれた。うん、このスキンガードとかいう商品名、いささか紛らわしい気もするね。

 

 昨日は久々に市場へと出掛けた。途中、郵便局に寄り、校正したばかりの朱が入った譜面と、編集を終えたばかりの音源を知人に送りつける。目指す市場は郵便局の真裏にあった。おお、しばらく見ない間に八百屋の店先がすっかり変わっているじゃないか。夏草が生い茂るように緑の葉物が積み上げられている。私は葉物を手に取る事なく、にがうり、オクラ、アスパラガス、胡瓜・・・ともかく緑の塊を買い物籠に投げ込んだ。うん、何となく葉物よりも長持ちしそうだからさ。あれ、夏を満喫などとほざきながら、また部屋に籠る準備でもしているのかい?うん、そうだね、何だか筆が上手く止まらないんだ。これから演奏のあてもない弦楽四重奏曲と、ヴァイオリン曲に取り組もうと秘かに思っている。ああ、ともかく私にはもう時間が残ってないんだ。

 

                                                                                                          2019. 7. 26.