通信21-16 なぜか衝動買いをする

 衝動買いなどした記憶がない。そもそも買い物というものが好きではないんだ。ある日、近所のスーパーマーケットの中をぶらぶらと歩き回っていたら、流れてくる店内放送に「どうぞ、ごゆっくりお買い物をお楽しみ下さい」という文言を聞き、えっ?買い物ってのは楽しむものなのかい?と不思議な感覚にとらわれのだった。

 買い物をするたびに、自分が漫画の中の登場人物でなくてよかったと思う。もしそうだったら、食品が並ぶ棚や、冷蔵庫の中を覗き込むたびに、頭の上に風船みたいな塊が、うん、漫画の中で登場人物の台詞や、心の中で思った事が文字になるやつ、「何を食べようかなあ?」だとか「おっ、美味そうだな」などという言葉が書かれた塊がふわふわと浮かび上がるだろうからさ。ああ、何だかそれって恥ずかしいよね。という訳で、市場に出掛けてもそそくさと必要最低限の食材を買って、素早くその場を立ち去るのだが、昨日は暑さを逃れるために逃げ込んだ量販店の店内を当てもなくぶらぶらと歩き回ってみた。

 あれっ?何だか気持ちが浮つくじゃないか。そういえば今、自分に何か欲しいものがあるのだろうかと自問してみた。洋服?靴?いや、衣料品なんてまったく興味はない。夏の入り口に半袖のTシャツを三枚、ゴム草履を三足、冬の入り口には運動靴を三足、長袖のTシャツを三枚、時折ズボンを一本、下着を数枚、私が一年間に買う衣料品はそれだけだ。

 昨日は広い量販店を、その隅々まで見て回った。家具、食器、寝具、薬剤、そして電化製品、ふと電化製品の売り場で足が止まったんだ。どういう訳だか突然、扇風機が欲しくなった。冷房の効いた場所での扇風機は随分と涼し気に思えるが、実際に蒸し風呂のような部屋で回す扇風機には清涼感を醸し出す力などない事を、頭では知っている。うん、なのに何故だろうか?突然、扇風機が欲しくなったんだ。

 もはやメーカーも、扇風機の効力をあまり信用してはいないのだろう、「エアコンと併用すると冷却効果を高める」というような但し書きがあちこちに見られら。うううん、扇風機も舐められたもんだねえ。かつてクーラーがまだどこの家庭にもなかった時代。私が子供の頃さ。扇風機といえば夏を快適に過ごすための必需品だった。当時の広告コピーに「百度の暑中に北極の冷気・北川扇風機」というのがあった。おお、まさに平伏したくなるようなコピーだね。メーカーの名前が「北川」というのも、何やら涼しさを増しているね。

 ちなみに大阪には「北風ふとん店」という布団屋があるが、これは布団屋としてあまりお得な名前とは言えないのではないだろうか。

 それにしても扇風機ってのはやたらと重いんだよね。やはり形状からして重心を取りにくいのだろうか、ともかく台座の部分が重いんだ。ああ、持って帰るのが一苦労なんだよねえ、などとぼやいていたら、あっ、なにやら「かたつむり」みたいに丸っこいのがあるじゃあないか。うん、これなら簡単に歩いて持ち帰れそうだぞと、勇んでレジに運んだ。

 今、パソコンに向かってこの文章を打ち込んでいる私の背中、その背中を「かたつむり」のような扇風機から吐き出された生暖かい風が、ぬめえっと撫ぜてくれている。

 

 追記)ちなみに拙宅にもエアコンぐらいあります。いつでも遊びにおいで下さい。

 

                         2019. 7. 29.