通信21-43 夢か現か昔の知人と再会する

 この前の週末の事だ。一月ほど抜いていた酒を飲んだ。うん、知人に誘われたんだ。酒を飲んだのが一月振りなら、その知人と飲んだのはおよそ十年振りだ。連絡を貰った時はいささか面食らった。まさかこの、どこまでも影の薄い爺の事を思い出すやつがこの世の中にいるなんてってなもんさ。私は気配を消すのが得意なんだ。この十年すっかり気配を消したまま生きてきた。気配を消す事にかけては忍者並みさ。その忍術が破られたって感じだね。

 

 まあそんな事はどうでもいい。ともあれ小雨そぼ降る中、約束の場所へと向かった。博多駅そばの裏通り。近くには「未熟な熟女」などという変な名前の飲み屋もある。通り掛かったついでだと、その店があるビルの中に入ってみた。何だか怪しげなビルだね。アジア各国からの来訪者のための不動産屋がその「未熟な熟女」の向かいにあった。まだ開店前らしいその店の入り口に貼られたポスターを見ると「一時間飲み放題三千円」とあるが、この手の店に疎い私にはその値段が高いのか安いのかすら分からない。が多分飲んでいるうちに、群がってくる未熟な熟女たちから飲み物をねだられ、いい気になってどうぞどうぞと振る舞っているうちに勘定の方もぐんぐんと膨らんでいくんだろうねえと想像し、暗い気分でビルを出た。

 

 ともかく約束のモンゴル料理店に入る。再会を祝し、ぐいぐいと焼酎を空けているうちにあっという間に夢か現かも定かではなくなる。頬っぺたを抓りながら、痛てて、夢じゃないなどと馬鹿な真似はしない。うん、別に夢でも現でもいいさ。楽しく飲めさえすればさ。

 

 次の朝、目を覚ますとどうも記憶が曖昧だった。やはり夢だったんだろうか。確か帰り道、子供の頃見ていたアニメ「マッハGOGOGO」に出てくるような車で送ってもらったような気がするが、ううううん、実際にはどうだったんだろう。もし現実なら自動車というものに乗ったのは数年振りだ。

 

 あれ、これなんだ?枕元にある変な座布団、おお、これこそが現の証しだ。知人がバランス感覚を鍛えるために開発した特殊なクッションさ。早速、仕事机の椅子の上に乗せ、座ってみる。うん、こいつは有難い。最近座った時の姿勢の悪さが気になっていたんだ。なかなかの優れものだが、ちょいと残念、あと二十年ほど開発が早ければ「ダウンタウンの発明将軍」という番組に出られたかもしれないのにね。

 

 盲目の作曲家ロドリーゴ、彼は光をどう感じていたのだろうか。重い扉を開くと一気に白い光が飛び込んでくる。それが夏の醍醐味さ。そうして扉を一つ、また一つと開き続けるように主題を繰り返し、影の世界からどこまでも明るい光の中へと進んでゆく。光の粒がより強く、かつ繊細になりすべてがホワイトアウトしてしまうまで、どこまでも進んでゆきたい。  

 

 そんな事を思いながら、ロドリーゴの佳作、「アランフェス協奏曲」の主題を使って変奏曲を書いたのはおよそ二十年ほども前の事だろうか。この曲を演奏する時、いつも新たな愉悦に自分自身が飲み込まれてゆく気がしている。今回もまた気が遠くなるような愉悦を楽しむ事ができるだろうか。ああ、そうしていっその事、自分自身もそのまま音のように消えてしまえばいいのにと思う。

 

                                                                                                              2010. 10. 21.