通信20-8 街中の恐竜たち

二三日ほど、そちらの方に足を向けなかった。そちらの方?うん、取り壊されたショッピングモールの跡地の方さ。今日、数日ぶりにその前を通ると、あれ、防音壁が一部外されているじゃあないか。おお、跡地が丸見えだ。そこにあったすべての建物が無くなってみると、思っていたよりも随分とその土地は広い。そうか、お買い物に浮かれてうろうろしている間も、実は知らないうちに結構な距離を歩いていたんだろうね。


広い空き地に重機が散らばっている。十台以上の重機がそれぞれの場所で、草でも食む恐竜のようにてんでに地面を掘り起こしている。時折風が吹き、目を開けておくのが辛いほどの土煙が舞う。街中に現れた突然の空き地に心を奪われ、しばらくその前でぼうっと立ち尽くす。これは何だろう。もしかすると悲しい眺めなのだろうか。遠目に見る限りでは重機の動きは限りなく遅く感じられる。まるでスローモーションのような画面の中、軽く西に傾いた太陽からさらさらと降り注いでくる光の粒が何とも物悲しいじゃあないか。


もう二十年も前の事だろうか、この街からさらに東へいった千早、その街にあった旧国鉄の操車場跡、数年間も使われる事なく放置されていたその跡地は、大きな草むらになっていたが、毎日のようにその草むらにもぐり込んでいた時期があった。もちろんバッタやカマキリを捕まえて遊ぼうとしていた訳じゃあない。ただただ、街中に突然現れた異変に飲み込まれてしまいたかった。生い茂る、丈高い草の間から眺める街のビル群は不思議な情緒を持って胸に迫ってくるんだ。ふとそんな事を思い出したのは、今、突然目の前に現れた異質なものに打ちのめされかけているせいだ。


べたべたと纏わりついてくる感傷を振り切るように歩き出す。そうだ、私はコピー用紙を買いに行かなければならないんだ。昨日、一日中パソコンに頭を突っ込んでようやく捻り出した新曲をプリントアウトしなきゃあならない。それで、ついついいつもその用紙を買っていたホームセンターの方に足が向いてしまったんだ。それでそのホームセンターは?うん、だからホームセンターはその跡地に転がる瓦礫に下に埋もれてしまったのさ。


昨日、久しぶりに友人が訪ねてきてくれた。突然、電話があったんだ。「これから遊びに行ってもいいですか?」もちろんだとも、兄弟。「何か欲しいものがあれば、買って行きますが?」おお、それはありがたいね、兄弟。そうだ、オロナミンCを買って来てくれるかい、兄弟?そう言って電話を切った。


電話を切ってから、ふと私は思いついた。うん、実は季節の変わり目、靴下を脱ぎ捨てた私の足の踵はしばらくの間、ぱりぱりとひび割れるんだ。こいつはたまらないってんでオロナミン・・・あれ?オロナミンC?いや、違う違う、私が欲しいのはオロナイン軟膏だ。どうしよう、電話を掛け直して、本当に欲しい物はオロナイン軟膏だと言い直そうか。いやいや、それはあまりに間抜け過ぎないかい。ええい、もういいや。どうせ最近は、「元気はつらつ」には程遠い状態だ。ここはひとつ、ぐいぐいとオロナミンCでも飲み干してトキオ(もしかするとV6かもしれない)の桜井某君みたいに元気を出そうじゃあないか。


数分後に玄関に現れた友人は、何故かオロナイン軟膏を手にぶら下げていた。「ほらね、やっぱり言い間違えてたんでしょう。太田さんがオロナミンCなんか欲しがる訳ないと思ったんですよ」。ああ、なんと素晴らしい。それにしても製薬会社は何故、こんな紛らわしい名前をつけるんだ。そういえば何十年も前から耳にこびりついている「ヘモヘモヘモヘモヘモリンド」という薬のコマーシャルソング、実はこの「ヘモリンド」という薬が何に効くのかも全く知らなかった。先週、たまたまトイレを借りに入った薬店の店内放送で知ったんだが、そいつはいぼ痔の薬らしい。うううん、何だかなあ。もう少しわかりやすい名前にすればいいのに。しかし「ヘモリンド」ってどういう意味?


JR駅の裏手にあるディスカウントショップで、無事コピー用紙を手に入れ帰途につく。もう夕日はビルの向こうに落ちかけていた。再び跡地に差し掛かると、うん、もう工事は終わっていた。ああ、重機がきちんと並んでいるじゃあないか。いかにも獰猛そうな重機が、行儀よく並んでいるところを見ると、やはり何だか寂しい気持ちになるね。


                                                                                             2019.5.13.