通信24-27 足先をぶつける

 あっ、やってしまったと思った時には遅かった。近所のスーパーに食材を買いに出掛けた時の事だ。スーパーは目の前だった。私は地面からちょいと顔をもたげている排水溝の上蓋に、思い切り足をぶつけてしまったんだ。左足の親指から一気に、足全体を包むように痛みが広がった。思わずしゃがみ込みそうになるが、人目を気にして何とか耐えようとする。ああ、秋ってのはこういう時に不便だねえ。これが夏の盛りなら、「わあい、大きな蟻を見つけたぞお」などと叫びながらしゃがめば、道行く人々の目にも何となく微笑ましい一コマとして映るだろうに。

 

 波のように押しては引く、その痛みに抗うように足を一歩踏み出してみると、おお、壊れたポンプのように親指の先から血が流れ出るじゃあないか。三四歩も進むと、たちまちゴム草履の表面が血に濡れて、その上で足がぬるぬると滑り出すんだ。「こうしたらどうなるのかな?」などとふと思いつき、つま先をぐっと立ててみると、おお、それまでの三倍ほどの量の血が噴き出して来た。そんな事思いつくなよ。馬鹿の考え休むに似たり?いやいや、休んでいた方がはるかにましさ。

 

 ああ、困ったね、血が止まらないよお。そういえば最近、私は足が大いに浮腫んでいるんだ。まるで象の足みたいにさ。何かを踏んづけるたびに、頭の中では「象が踏んでも壊れない」などという昔の筆箱の宣伝文句がリフレインされるんだ。そうさ、これが血なんかではなく、足のふくらはぎから甲に掛けてぱんぱんに溜まったリンパ水だったらどんなに嬉しいだろうか。

 

 うん、実はここ最近、歩く姿がおかしいんだ。といっても毎年の事さ。この時期、私の踵はぱりぱりとひび割れている。それでいつも踵を地面に着けずに歩き回るんだが、そのへんてこな姿勢のせいで私のふくらはぎは常にきりきりと痛んでいる。およそこの状態が毎年一か月ほど続くのさ。ちなにみこの時期を私は秘かに「ふくらはき鍛錬月間」と呼んでいる。

 

 這う這うの体?そう、その体でともかく家に帰り着いた。急いで指先をシャワーで洗い流し、履いていたゴム草履にこびりついた血を、束子でこすり落とした。ルーペーを使って足先を見てみる。いててて・・・などと呻くのはもちろん運動不足で硬くなった体を大きく曲げて、足の指を目の前に持ってこようとしているからさ。どうやら爪の奥から出血していみたいだね。もう、このまま放っておくしかないんだろうかね?ああ、でも折角だから何やら治療の真似事でもしてみたいね。さあ、一人お医者さんごっこだ。幸い絆創膏はあるし。よしってんで塗り薬を探すと、オロナイン軟膏、オイラックス、ダイプロCという三つの薬が見つかった。ちなみにダイプロCってのは春先に足の裏に巨大な水疱が出来た時、近所の皮膚科で貰ってきた薬さ。さあ、どれを塗り込んでやろうかと、机の上に並べた三つの薬を眺めているところだ。

 

                                                                                                               2020. 11. 1.