通信21-28 闇営業って何だ?

 転寝から覚めると、ん?何だか頭がずきずきと痛む。ああ、寒いんだ。ひんやりとした夜風が窓から吹き込んでくる。おいおい、下旬とはいってもまだ八月だぜ。もう無茶苦茶だと思った。ふらふらと寝床を這い出し、開いていた窓を閉じる。八月にエアコンも点けずに窓を閉めるなんて初めての事じゃあないだろうか。くそ、この夏、これまでずっと原稿に頭を突っ込んで過ごしてきたんだ。ようやくこれから夏の名残を楽しんでやろうと思っているっていうのに。

 

 そうだね、例年だとこの時期、急に冷え込みが強くなり、それでも二週間ほども経つと、うん、博多では放生会という祭りが始まるんだが、その頃、妙に蒸せるような暑さが台風と共にやって来るんだ。

 

 ともかく夕飯の材料を買いに出掛ける。いや、いささか寝過ごした。夕飯というよりは夜食だね。市場をふらふらと回るが、うん、さすがに今日は胡瓜も冷奴もやめておこう。だからといって急に冷え込んだからいきなりおでんってのも意気地がないからね、普通に焼き鳥あたりでお茶を濁しておこうかねと思い、適当な物を買い物籠に放り込む。おっ、まくわ瓜じゃないか。お盆を過ぎたってんですっかり値が下がっているそいつも籠に入れる。帰り道、ひんやりとした風に吹かれながら、まくわ瓜特有の冷ややかな甘さを思い浮かべ、何がどうという訳でもないのに、何かを乗り切ったような気がして、安堵の息を吐く。

 

 家に帰り着き、そういえば作曲に頭を突っ込んでいたこの数週間、世間では一体何が流行っていたのだろうかとふと思いつき、いささか古くなりかけたネットニュースを掘り出して眺めてみた。家にテレビというものがないので、その手の話にすっかり疎くなっていたが、芸人の闇営業の話が次々と出てくるじゃないか。闇営業?ふうん、そんな言葉があるのか?事務所を通さず、直接クライアントからギャラを受け取る事を以前は「とっぱらい」と呼んでいたが、それとはまた違う話なのだろうか?やくざの方々から頼まれる仕事、そいつは知人の口から口に、まるで噂話が伝わるように入ってくるんだが、それに関して事務所はあからさまに見て見ぬふりをしていた。何か問題が起きても、事務所とは関係がないからという意味の事を言われた記憶がある。うん、つまり黙認って訳だね。

 

 闇営業以外にも、事務所とのギャラの配分も話題になっているが、今回槍玉に上がっている事務所はいささか極端なんじゃあないだろうかね。その事務所、六千人の芸人を抱えていて、しかもその六千人を六百人の社員が管理しているとの事だが、そんな事が本当に可能なんだろうか?そもそも六千人ものプロの芸人がこの国に存在できるんだろうか?事務所と芸人とのギャラの取り分も1対9、だとか9対1だとか事務所内での芸人の格によってさまざまなそうだが、ちょいと極端過ぎる気もするね。

 

 私自身は、事務所に所属している時は、事務所が6、こちらが4という数字が一番多かった気がするが、まあ、真っ当だろうね。事務所がいくら儲けようが関係ない。こちらがかつかつで十分さ、ともかく生活していけるぐらいのギャラを貰えれば何の文句もなかった。

 

 そもそも事務所というものがなければ、私の場合すべてがゼロだった。自分では仕事など一本も取って来る事などできなかったし、一緒に過ごすマネージメントを担当してくれる社員の果敢な売り込みぶりに、ただただ頭が下がるばかりだった。そもそもいくら丁寧に書き上げたところで、それだけではただの紙屑でしかない私の譜面を、お金に変えてくれるために費やす担当者の努力にはひたすら頭が下がった。うん、6割なんて安いもんだよ。

 

 才能のある若い音楽は次々と現れてくる。もはやこの社会に私の出る幕などある筈もないが、その代わり何に縛られる事もなく、ようやく好きな事を好きなように書き続ける事ができているこの数年は、実は仕事が楽しくて仕方がないんだ。もしまた体を壊したら、その時は本当に終わりだが、どうせいつかはやって来る終わりってものに対して、最近はちょいと親近感すら湧いている。うん、寒くなってくると、落ち葉が舞うように、そんな考えがひらひらと舞い降りてくるね。

 

                                                                                                          2019. 8. 25.