通信21-24 夏の名残のお中元

 突然転がり込んできた原稿依頼にすっかりと肝っ玉を抜き取られた数日だった。昔の知人からの原稿依頼。昔?うん、もう三十年ほども会っていない。何故、突然に私の事など思い出した?本人が言うには、ずっと依頼したかったが機会が見つからなかったとの事。ああ、そういえば十数年ほど前、やはり原稿を頼まれたが、その時の私はとても忙しく、申し訳なくも思いながらも泣く泣く断ったんだっけ。

 

 今更、それらしいものを書けるだろうかね、などと首を捻りながらもともかく引き受ける。原稿料はどれぐらい?おずおずとそう訊いてくる相手に、ううううん、今はもう私もどこかの事務所に所属している訳じゃあないし、どうしようかな、などと逆に相手に問い掛けてみる。

 

 とりあえずその作品の用途を訊き、それが演奏会で使われるものならば、その演奏会の売り上げから算出しようかなどと呑気な提案をした。旧友相手に金儲けをしたいとも思わないし、いや、まてよ、ギャラを妙に曖昧にすると自分の作品の出来に逃げ道を作っていると思われるかもしれないなと、ちょいと嫌らしい気持ちが頭を掠めるが、いや、作品は絶対完璧に仕上げる、ギャラは適当でいい。うん、実は、もはや何がどうだっていいんだ。

 

 とりあえず曲のサイズなど、相手の要望をいろいろと聞いてから、電話を切り机に向かう。モティーフは腐るほどある。十年ほど前、目を悪くして以来、少しずつ溜め込んだモティーフさ。腐るほど?うん、その多くはもう腐りかけてるよ。目の前に並んでいる下書き用の大学ノート、その一冊をランダムに抜き取り、開いてみると、おお、何やら封印を解かれた妖怪が怪しげな煙と共に立ち昇って来るってな感じだ。うん、こんなイメージが湧くのも、最近は毎日アマゾンのプライムビデオってやつで「ゲゲゲの鬼太郎」とかいうアニメばかり観ているせいさ。

 

 丸一日、じっと依頼の内容に合わせて構想を練り、思いついたプランをあれこれ構わずノートに書きつける。そのプランにあったモティーフを引っぱり出し、さあ、そいつを作品に押し込むんだ。近くの激安スーパーとやらで買い込んだ袋詰めの胡瓜を齧りながら、うん、いいね、葉巻を吸うアルカポネみたい、そいつを咥えたまま五線紙に齧りつく。さあ、封印を解いた妖怪もどきのモティーフと大格闘だ。よし、猫むすめもてつだってくれ。にゃあ。ってなもんでどたんばたんと七転八倒、体が胡瓜の色に染まってすっかり緑色になった頃、作品は出来上がった。後は布団にもぐり込み数日分の睡眠をいっぺんに取る。悪夢も善夢もどんと来いだ。どれぐらい寝たのか分からないがようやく目覚めてぼんやりした頭を抱えながら、今、パソコンに向かっているところさ。

 

 ああ、ともあれ今更、まさに今更ながら自分の事を思い出してくれた御人がいらっしゃる事が何より嬉しい。夏の最初にいただいたお中元のビールや、焼酎や、ハムはとうに腹の中に消えてしまったが、夏の終わりになって嬉しいお中元をいただいた。うん、そんな感じの原稿依頼だったね。

 

                                                                                                     2019. 8. 21.