通信20-24 あなたのお名前何てえの?

 おフランス帰りのやつらには何となく苦手な感じを持つが、おフランス帰りを揶揄するように演じているやつらの事は好きだ。例えば「おそまつくん」という漫画に出てくる「イヤミ」。うん、こうして文字に起こしてみると、「イヤミ」って名前も凄いね。

 

 

 作者、赤塚不二夫によると、「イヤミ」にはモデルがいるらしい。まあ、それは聞かずとも分かる。もちろんトニー谷だろうね。私が子供の頃、その強烈なキャラクターで大人気だったボードビリアントニー谷。素人相手の番組で、相手の素性を訊ねるのに、そろばんを、いや、もしかすると拍子木だったかもしれない、ともかくそいつを楽器のようにがちゃがちゃと鳴らし、くねくねと腰を振りながら、「あなたのお名前、何てえの?」と問いかけるんだ。

 

 

「ざんす、ざんす、さいざんす」だとか「おこんばんは~」だとか、ともかく相手を小馬鹿にしたように繰り返すその声は、今でも耳にこびりついている。そういえば確か「さいざんすマンボ」とかいう変なレコードを出したんじゃなかったっけ。「恋をするのも、家庭の事情」などという奇妙な歌詞で始まる歌さ。何にしろ、子供だった私にとって、「まかせてえぇぇぇぇ、ちょうだい!」と叫ぶ財津一郎と並ぶ強烈なキャラクターだった。

 

 

 ちなみに私の妹は、以前、兵庫県のあるクラブでアルバイトをしていたんだが、たまたま来店した財津一郎にサインを貰ったそうだ。自分の名前を書いたその横には、頼んでもいないのに「まかせて、ちょうだい」との文言が添えられていたとか。

 

 

 ところでそのトニー谷を、突然の理不尽な悲劇が襲う。長男が営利目的で誘拐されたんだ。それまでひた隠しにしていた経歴を、その時、被害者であるにも関わらず、すべて暴かれてしまった。被害者なのに何故?うん、つまり、日本中の嫌われ者だったんだ。徹底した嫌われ芸でのし上がった芸人だったって訳だね。オールバックの髪型に、先の尖った眼鏡、ちょび髭を蓄え、誰彼構わず毒を吐きまくる、とことん憎まれ者だったんだ。

 

 

 私はまだ子供だった事もあって、そのあたりの記憶には曖昧な部分が多いんだが、はっきり覚えている写真がある。髪の毛をトレードマークのオールバックに固める事もせず、ぼさぼさ頭の憔悴し切った顔で、目を見開いたままこちらを振り向いた顔。いきなり写真を撮られた事に心底恐れおののきながらも、驚きと、不安があふれだしたような表情。その写真を撮ったカメラマンには、底知れない悪意を感じる。人々の底意地の悪さを煮凝らせたような悪意をさ。

 

 

 ただの一度でも、人々に素の顔を見せてしまえば芸人は終わりだという信念を持っていたトニー谷はそれから、たちまちおちぶれてしまう。晩年に、全く違った芸風でカムバックしたらしいが、思春期を迎え、テレビというものに一切興味がなくなった私は、それ以降トニー谷を視た記憶がない。

 

 

 マスコミの悪意によって暴かれた過去、それは義父からのひどい虐待が柱となっていた。周囲の誰をも、徹底的に拒絶し続けた谷は、身内が会いに来た時にも口汚く罵り、けんもほろろに追い返したそうだ。その過激な拒絶は、単に子供時代に受けた虐待という事だけでは到底説明できない気がするが、そういう謎や、資質を隠し持っていたからこそ、芸人として大成できたんじゃないだろうか。

 

 

 いや、朝っぱらからトニー谷について、あれこれ書こうと思っていた訳じゃあないんだ。ええと、そうだ、おフランス好きなやつって嫌な奴が多いよねえってな与太話をしようと思ったんだった。ニューヨークに長い事住んでいた私の友人によると、うん、芸術系の大学の卒業生には留学経験者が多い、ニューヨークの会、ベルリンの会、パリの会などいろいろと集まりがあるんだが、その中でもパリの会は、他とはちょいと違った雰囲気を持っているらしい。パリの会の集まりの中に、パリに行った経験がないやつが紛れ込むと、たちまち皆がフランス語で喋り出すらしいんだ。話題もそれまでとはがらりと変わり、例えば○○通りのある、○○というレストランの鴨肉に掛かっているソースは絶品だとか、ともかく、よそ者がそこに紛れ込んで来た事を、思い切り後悔してしまうような雰囲気をたちまち作ってしまうらしい。本当かどうかは良く知らないけど、もしそうなら、うん、何となくそいつらを揶揄するような「イヤミ」みたいなキャラクターが生まれる訳が分かるような気がするね。しぇー。

 

 

  1. 5.30.