通信24-28 痒みに痛みを忘れる

 ここ数年、原因不明の痒みに悩まされている。痒み。うん、痛みなら何となく悲劇的な感じがしないでもないが、痒み、こいつはどこか滑稽感が漂っていて私には似合っていると思う。いや、滑稽だろうが、似合っていようが、ともかく苦痛である事は確かだ。

 

 今のところ痒いのは、両肘、手の甲、耳、ええと、それぐらいかな。ここ数日は特に両肘が痒いんだ。肘、普通の姿勢で過ごす限り、あまり視界には入ってこない場所さ。それですっかり油断していたんだ。関節技を掛けられたように肘をぐりりと内側に捻じり、最近買ったばかりの作業用眼鏡を掛けて、その肘を見てみると、おお、何だこりゃあ、すっかり黒ずんで皺だらけ、その中に赤いぶつぶつが不気味に居座っているんだ。

 

 あれ、よく見るとこれって顔じゃないかい?もしかして人面肘?うん、この人面肘が両腕に出来ているんだ。そういえば左右の人面肘、その人相も何となく似ているぞ。まさか兄弟?二人は仲がいいのかね?朝、布団の中から「おはよう、目が醒めたかな」「うん、起きているよ」などという会話が聞こえてきたら嫌だなあ。

 

 などと痒みに悩んでいたら、ああ、季節の変わり目だ、足の踵に罅が入ってきた。これがなかなか痛いんだ。おお、とうとう痛みと痒みのせめぎ合いが始まったぞ。でも悪くはないかもしれないね。痛い時は痒みを、痒い時は痛みをしばし忘れていられるんだ。

 

 そういえばここ最近、足のむくみが酷いんだ。足のむくみ、これはもはや私にとって持病といってもいいんじゃないだろうか。もう十年以上も前の事、私はとある手術を受ける事になったんだか、その手術の準備として急いで血圧を下げなければならなくなった。その時、貰った薬が多分私に合わなかったんじゃないだろうか、私の足はぐんぐんと膨らみだした。手術の予備検査を受けるために私の体を見た外科医は、その膨らんだ足に思わず目を瞠ったぐらいだ。その巨大な足。たまたま指揮の仕事をこなすために楽屋に入った私は、いつものステージ用の靴を履こうとしたんだが、まったく入る気配すらなかった。幸いホールの目の前に大型ショッピングセンターがあり、私は慌ててそこの靴屋に駆け込んだんだが、どれもこれもサイズが合わない。ようやく見つけた一足、もちろんその靴屋の在庫品の中で一番馬鹿でかい奴、多分ミッキーマウスかドナルドダックぐらいしか買わないであろうその靴を履いて、何とかその場を凌いだんだ。

 

 その時、私を診察した内科医は決して自分の判断の誤りを認めなかった。私の巨大な足を面倒臭そうに眺めながら、「だいたいこんなもんですよ」と繰り返すばかりだった。「だいたいこんなもん」だと?ふざけるんじゃないぞ。高血圧患者の足が皆こうならば巨大靴不足で街中の靴屋が大騒ぎになっているはずさ。

 

 ともかくそれ以来、十年以上も私の足は、事あるごとに鈍い痛みの覆われ続けているんだ。などと思い出し怒りに囚われていると、うん、何だかこれも悪くないかもしれないね、いま怒っている間は、少なくとも痒みの事などすっかり忘れていたぜ。

 

 

                                                                                                           2020. 11. 2.