通信22-1 久々に言葉を捻り出してみる

 十月の下旬にコンサートを一本こなした後、そのまま流れ込むように清書に入った。ほぼ一月ほど原稿に頭を突っ込んで暮らしたんだ。四章からなる作品を一つ。ああ、随分と疲れたね。何だかふらふらするね。

 

 という訳で今は十二月のはずだが、あれれ、十二月ってこんなに暖かだったっけ?気がつくと未だにゴム草履をひっかけ、ぺんぎんみたいにぺたぺたと足音を立てながら、そこいらを歩き回っている。

 

 ぼうっとして暮らしていたこの一月、記憶があやふやだが、うん、何やら色んな事があった気がするね。ああ、そういえば数週間前、向かいのアパート、向かいといっても間に駐車場と民家が一つあるんだが、そのアパートの住人が引っ越していったんだ。何となく気になっていた人さ。いつも部屋に籠っている感じで、時折大風が吹いた時だとか、大雨が降った時だとかにベランダに出てくるんだが、もちろん大風、大雨が大好きでその都度亀のようににょきりと窓から顔を出す私と目が合うんだ。もちろん話した事などない、黙礼を交わすだけの間柄だが、その人が突然引っ越していったんだ。ところでその人は二階に住んでいたんだが、その真上の部屋、三階にも同じように籠りっきりらしき人が住んでいた。うん、実はその三階の住人も同じ日に引っ越していったんだ。あれ?それってもしかして一人の人間が二つの階を借りていたんだろうか?

 

 それから数日前後したある日、買い物に出掛けた私は、交差点で信号を待っていたんだが、あれ、あちらからテントを背負った小柄な女性が歩いてくるぞ。これが噂の山ガール?いやいや、よく見ると背負っているのはテントなんかじゃない、そいつはチューバさ。もちろんその人は山ガールなんかじゃなかった。その人は某楽団でチューバを吹いておられるМさんだ。Мさん、丁度その頃、うちのすぐ近所に引っ越されて来たとの事。へえ、引っ越しって流行っているのかねえ?ともあれМさん、今度お会いしたら引っ越し蕎麦でも御馳走しますね。ところでどこに引っ越されたのですかと問うてみると、何と私のアパートのすぐそばにある秋月城という変なお城だとか。うううん、あの秋月城の城主、何だかもの凄く癖がありそうな爺さんなんだよね。

 

 まあ、世間の事はさておき、私自身はいよいよまとまった作品に取り組む事にした。あまり体調も優れず、もしかしたらこれが最後の作品になるのだろうかと、いささかひりひりするような緊張感に包まれている。これが最後の作品ならばチェロを使った協奏曲にしたい。この柔軟で、深みある音を出す素晴らしい楽器のために、心ゆくまで歌を書き連ねたいと長い事思っていたんだ。

 

 今、片っ端から頭に浮かんだモチーフを大学ノートに書きつけているところさ。多分一年ほどを費やすような仕事になると思う。実は途中で中断したり、緊張が続かず腑抜けな駄作になったり、そんな事が怖くてなかなか取り組めないでいたんだ、しかも演奏して下さるチェリストもとうとう見つからなかった。でもさ、だからと言って腕を拱いている訳にもいかないさ。うん、私には本当に時間がなくなってしまったんだ。何があろうと、ともかく書かなけりゃならない。

 

 何だか久しぶりに自分の中に言葉が戻りつつあって、ああ、でもまだ上手く文章が書けないね。何だかぐだぐだだ。まあいいさ。ともあれ新しいチェロ協奏曲の構想が固まって、頭の中が音で一杯になり、再び言葉が遠ざかってしまう時まで、またゆるゆると管を巻くような駄文でも書いて過ごそうかと思っているところだ。

 

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