通信27-8 暇潰しの日々が始まる

 私はその筋の専門家ではないので原因はさっぱり分からないが、ともかく毎日体調が悪い。昼から原稿を書き続け、ふと部屋の中に夕闇がじわりと染み入ってきた頃、ああ、今日もやってしまったと、そう、弱った眼球をついつい酷使してしまった事を後悔し、目を休めようとあわててふらふらと出掛ける。

 

 秋の日は釣瓶落としの何とやらで、ほら、外はすっかり暗くなっているじゃないか。うん、今日は多分軽い脳梗塞を起こしているんじゃないだろうか、短期記憶障害気味だな。自分が毎日歩いている道がよく分からなくなっている。あれ、このビル初めて見たような・・・いやいや、そんなはずはない、毎日のように散歩する道ぞいのビルだぜ。

 

 より濃い闇に向かって歩くように、繁華街に向かって歩を進めた。今、自分に纏わりついているのは夕闇か、それとも不安か。福博出会い橋を越えたあたりで暗がりの中に知った顔を見つけ、思わず緊張が緩む。ああ、私の住む同じ町内にある秋月城にお住まいのМさんではないか。ちなみに秋月城というのは大きなアパートの一階にある骨董品屋の屋号さ。その骨董品屋の御主人、ご自身も骨董然とした御老人、その御仁がМさんがお住いのアパートのオーナーなんだ。

 

 Мさんは、最近益々呆け老人振りが加速し、あちらの世界へと移りつつある私にも親切に接して下さる数少ない方々の一人だ。ともかくこれで道に迷わず家に帰り着く事ができそうだね。ほっと安堵の胸を撫でおろす私に、Мさんは持っていた和菓子を下さり、さらに近くの蕎麦屋で夕食の蕎麦を御馳走して下さった。有難さに心の中で深々と頭を下げる。

 

 元々弱かった片方の視力がここ数か月で一気に減退した。多分その腐りかけた玉葱のようにぐにゃぐにゃに柔らかくなった眼球から、体のあちこちに向かって放射状に放たれる痛みが、最近の私の体調不良の原因ではないかと勝手にそう思っている。とはいえこの数か月の視力低下、そいつは仕方がないんだ。新作の四重奏、そいつにあまりに入れ込み過ぎた。もちろん悔やんではいない。当たり前の事だ。四重奏、うん、私にしては珍しく上手く書けたんだ。自信作ってやつだね。眼球一個分の価値を大いに感じるぐらいの出来さ。石碑に遺言でも刻むかのようにかりかりとそいつを書き続けたんだ。上出来じゃないか。

 

 そいつを書き上げた今、軽い気持ちで小品を書き続けている。サキソフォーン一本で奏でる、伴奏もない小品。ああ、筆が軽い。実はご近所さんが、ここ数年私のライブには必ず顔を出して下さる奇特な御方、そのご近所さんが小品を奏でる私の姿を録画して下さる事になっているんだ。うん、子供の運動会の記録みたいなものさ。よしってんで古道具屋から十五年ほど前に作られたソニーのハンディカムという時代掛かったヴィデオカメラを買い込んでさ。さあ、その準備だってんで机に向かってかりかりと小品を書き出したんだ。

 

 うん、これからやる事は決まった。それにしてもこの一年、何をやって来たんだろう。ブログからも離れていたから思い出すきっかけもない。うん、年寄りにとって怖いのはそういうところだね。知らないうちに何かとんでもない事でもしでかしていそうな気もするんだ。という訳で小品を書く合間に「昨日の私」を思い出す努力を始めたんだ。完全に呆けてしまうまでの暇潰しって訳さ。

 

                                                                                                        2022/ 11/ 1.