通信20-6 橋に住む人

 好天だ。朝から博多駅に買い物に出掛けた。愛用の文具をまとめて買うために。うん、まったくご苦労な事だぜ。実は近所のショッピングモールが三月いっぱいで無くなってしまったんだ。これまで多くの用事をそのショッピングモールで済ませていた。今、改めて不便さを噛みしめているところだ。

 

 そのショッピングモールには飲食店、古本屋、スーパーマーケット、衣料品店、などが並んでいた。その中にはロイヤルホストロイヤルホームセンター、大層な名前がついた店が二軒もあったんだが、そのロイヤルホームセンターで文房具の多くを買っていた。重宝な店だったが、どう見てもロイヤル、つまり王様と関係がありそうな雰囲気はなかった。  

 

 工具の品揃えが豊富で、昼休みになると食事を終えたばかりの肉体労働者が、爪楊枝を口に咥えたまま嬉しそうに工具類の品定めをしていた。まあ、見方によっては彼らが王様に見えない事もない。早食い王、大食い王、大声王、ニッカボッカ王・・・。文具の品揃えもよく、その店が消えた今、私は同じものを手に入れるために天神や、博多駅まで出掛けなければならなくなってしまった。

 

 今、すべての建物が取り壊されたその跡地は、工事現場ようの高い防音塀に囲まれている。あれ?この風景なんだか見覚えがあるぞ。そうさ、昔、この場所には専売公社の煙草工場があったんだ。その工場、大袈裟なほど高い塀に囲まれていて、初めてその道を通った私は、刑務所か少年院だろうかと訝しく思ったぐらいだった。

 

 跡地を取り囲む塀から覗くその土地は思ったよりも随分と広く見える。その広い土地に、昔の戦争映画みたいに瓦礫が無造作に転がっている。ああ、一度でいいから塀に中に入ってみたいなあ。

 

 噂によると、その跡地には大きなショッピングセンターが建つという事だが、うううん、大丈夫かねえ。この土地、随分と地盤が緩いんだ。元は砂地さ。江戸時代に書かれた古地図を見ると、うん、随分と縮約がいい加減なので正確にはわからないが、かなり広い砂地だったみたいだ。砂地に建てられたそのショッピングモールも、当然随分と足場が悪く、雨が降るとたちまち大きな駐車場が沼みたいになった。

 

 今は綺麗な、どこにでもあるような静かな街さ。でも昔は随分と評判が悪かったんだぜ。すっかり整備された川の堤防、三十年ほど前はその川の土手には、大きく川の中に吸い寄せられているかのように傾いた家がずらりと並んでいた。手作り感満載の家、もちろん中に入るには大いなる勇気が必要な代物さ。多分、相撲取りが一人二人入ったら、たちまち川の中に転がり落ちていくような家が並んでいたんだ。川には大きな橋が架かっていたが、あれ、実際に渡ってみるとこの橋、随分と狭くないかい?それもそのはず、橋の上にも人が住んでいたんだ。今でも福岡の街を二つに分けて流れる那珂川という川、その川に架かった橋の下には人が住んでいるが、橋の上に人が住んでいるところを見たのは後にも先にもその時だけだ。

 

 ちなみに那珂川の橋の下に住んでいる人は、なかなか優雅な暮らしを楽しんでいるみたいなんだ。いつも夕方になるとロッキングチェアーに揺られながら、ラジオでナイター中継を楽しんでいる。たまたま通りかかった私に「おい、ホークス、逆転したぞ」と嬉しそうに笑い掛けてくる。野球に興味のない私は内心「知らんがな」と思いながらも、その人の笑顔につられるように「そのまま逃げ切れればいいね」などと御愛想を言う。

 

 その橋の下は階段状になっていて、その時の水嵩によってその人の居場所が変わるみたいなんだ。いいねえ、今日は一階、明日は二階、雨が降ったら最上階にってな感じかね。まあ、実際に住んでみるといろいろ大変なんだろうけどね。若い頃、ホームレスの経験がある私は、夏場、次々と集ってくる虫にうんざりした日々を送っていた事をふと思い出した。

 

                           2019. 5. 12.