通信24-38 バロックについて話し合ってみようか

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 多分、ポルトガルの宝石商が真珠を選別する時に、歪んだ不良品に与えたと言われる名称「バロック」。バッハ、ヘンデル、フレスコバルディ、パーセルモンテヴェルディ・・・綺羅星のごとく存在していた巨匠たちが過ごしたその時代を、「バロック」という蔑称で纏めるのが相応しいのか?

 

 ルネサンスからバロックへの歴史的な大転換、このバロックこそ、今我々が従事している音楽産業の大元の形が作られた時代に他ならない。一部の上流階級の人々の手から、一気に音楽が商品として市民たちの元へと流れて行く、果てさてそれが善い事か悪い事か、そいつを検証するのがこれからの長い課題さ。ともあれ週末には、その変貌の様子を我が若き盟友、石原まりさんと語り尽せたらと望んでいる。いや、語り尽すなどあまりにおこがましいだろう。ならばせめて引っ掻き傷の一つでも残し、その小さな傷からバロックについて、いや、消費音楽の歴史について考えるきっかけを作る事ができればと思う。

 

 実はこの一週間ほど、大いにへこんでいた。何か理由でもない限り布団から這い出す事すらも億劫に感じていた。うん、昔の知人、まだ年若い私と大いに連れ立って遊び回った某さんが亡くなったと知ったんだ。いつ亡くなったのか、何故亡くなったのか、何もわからない。ただ彼女が所属していた団体の名簿に、その訃報が冷たく記されていたという事実を人伝に聞いただけだ。

 

 可愛らしいお嬢さんだった。初めて出会った時、彼女はまだ高校生だった。どういう訳だか私のような唐変木を慕ってくれて、よく会いに来てくれた。仕事柄、私は色んな土地を転々としたが、やがて航空会社のCAという仕事に就いた彼女は、その都度私が住んだ色んな街へとわざわざ会いに来てくれた。でも最後は、ああ、たまたま偶然が重なり、私は邪険に彼女を扱ってしまい、それに気を悪くしたのだろう、もうそれ以来会いに来きてくれる事はなかった。うん、もちろん彼女が元気ならいいさ、でも死んでしまった今、私は私の口から転がり出た邪険な言葉、まさに呪いの呪文としか思えないその言葉を反芻するばかりだ。いや、何はともあれ、どんなに悲しくとも、今は音楽の歴史について、考えなくちゃあならない。そいつは私にとって微かな救いってやつさ。うん、それでさ、冬眠から醒めた亀みたいにさ、ごそごそと布団の中から這い出して来たんだ。

 

 そういえば数日前、ばったり昔の相方に出会った。いつも使うスタジオの駐車場の出口で。そんなところに呆然と立っていた相方は、ああ、そうか、多分旦那が来るのを待っているってなところだろうね。私を見てぎょっとしたような顔つきになった相方に向かって、心の中で「驚かせてごめん」と謝り、そそくさとその場を立ち去った。ああ、でも何だか元気そうじゃないか。自分とは遠く離れた空間で、やはり相方は元気に楽しく生きている、何だかそんな事がさ、とても有難く、かけがえのない事のようにふと思えたんだ。

 

                                                                                                             2020. 11. 18.