通信22-30 あまりにも役に立たない告知

 ここ数日、もやっとした気分を抱えたまま過ごしている。実は来週本番があるらしいんだ。「あるらしい」って、とうとう自分のスケジュールも分からなくなるぐらいに呆けたのかと言われそうだが、あながちそういう訳じゃあない。日時も場所も把握している。ただあまりに雇い主からの連絡がなく、何となくその本番とやらも夢の中でいただいた仕事じゃあないだろうかという気がしているんだ。約束の時間に行ってみたら、そこは一面の草っ原で狸たちが楽しそうに腹鼓をしていたなんていうのは嫌だなあ。

 

 ところでどんな内容の本番かというと、踊りの会での演奏。踊りの会などと書くと、何となく優雅な、日本舞踊の会でも思い浮かべる御方もいらっしゃるだろうが、ちょいと違う。私のような変てこな音楽家を招いて下さるのだから、そうさ、もちろん前衛舞踏ってやつだ。ちょっと小耳に挟んだってなぐらいの情報によると、次々と入れ替わる十人ほどの舞姫たちの動きに合わせて私が楽器を掻き鳴らし続けるというものらしい。

 

 二時間ほどぶっ続けで演奏するとなると、いささか心臓が心配だが、今回は疲れたらピアノとサキソフォンを好き勝手に持ち替えていいとの事、それならばどうとでもなるだろうと快くお引き受けした。

 

 当日、軽い打ち合わせ、後はぶっつけ本番ってな具合になるんだろうね。特に準備する事もないんだが、それでも一応ここ数日、ハノンだとか、ツェルニーだとか、ちょこちょこと指慣らしを続けている。ちなみに指が鈍った時に便利なのがツェルニーの三十番練習曲集さ。指、手首、肘・・・と体の部位に分けてきちんとほぐせるように編集してあるんだ。まさに近代ピアノ奏法の元祖ってな感じだね。このツェルニー先生、子供の頃にベートーヴェン大先生に二年ほどピアノのレッスンを受けているんだが、多分ベートーヴェンが考案したんじゃないだろうかと思えるようなアイディアが随所に見えて、色々と考えさせられるんだ。

 

 ベートーヴェン先生、レッスン中に怒るとツェルニー少年の肩に噛みついたというから凄いもんだね。正月、獅子舞に噛みつかれるのは縁起が良いらしいが、自分の師匠に噛みつかれるのは嫌だろうねえ。

 

 ともあれ二月十一日午後二時三十分より、福岡市は東区、筥崎宮参道から脇道に入ると目に飛び込んでくるのはリンガーハットならぬバプテスト東福岡教会のとんがり屋根。いささか鄙びた、懐かしさすら感じさせるその教会で催される前衛舞踏の会、見るは法楽、見られるは因果、御用とお急ぎのない方は是非お立ち寄り下さい。

 

                                                                                                             2020. 2. 8.