通信26-2 仲良しの亀を殺して楽器を作った酷い奴

 まったくもってリハビリの真っ最中ってな感じだ。えええっと・・・、ほらほら、キーボードを打つ手も何だか頼りないね。酔っ払いの足取りみたい、私の指はキーの上をひたすらさ迷い、挙句の果てにようやく触ったキーが思ってもみなかった文字を生み出す。

 

 いや、指よりも目、そいつがひどく衰えているんだ。元々、子供の頃から左右の視力が著しく違った。生まれ持ってなのか、それとも幼い事に何かがあったのか、そいつは知らない、ともかく物心ついた頃からさ、うん、私の右目は見る事を拒否しているんだ。

 

 その右目が最近、さらに働く事を拒み始めた。おい、どうした?一体何が不満なんだ?ストライキでも始めようってのかい?物を見ようとする私の意思を、右目が受け入れてくれない。はっと気づくと右目、そいつは何も見ていないんだ。ふと、尼崎事件の主犯のスミダとかいう婆さんの顔が浮かぶ。確か彼女も左右どちらか一方の目に光がなかったと記憶している。ああ、私もあんな表情になってしまうんだろうか?まあ、そんな事をくどくど思っていてもしょうがない。ともかく今の私は、おぼつかない指で文字を打ち込んでゆくだけさ。

 

 私が生まれるより随分と昔の話だし、一度も足を踏み入れた事もない土地の話だから、うん、おおいにあてずっぽうさ、それでもともかく古代ギリシャについて考えてみる。その当時の人々が口にする音楽というものと、現在われわれが思い浮かべる音楽、それは随分と違うものだ。自由七科というものがあって、それは高等教育の必須科目なんだが、文法、修辞学、弁証、算術、天文学幾何学、音楽、その七つの科目で構成される。文系の科目が三つ、理系が四つ、つまり音楽は理系の科目の一つだったんだ。つまり音による調和、そいつを学ぶのが音楽って訳さ。

 

 ギリシャ神話によると、弦を鳴らして楽しんでいた富と幸福の神ヘルメスが、ある日突然、高さの異なる二本の弦を同時に鳴らしてみるといったいどうなるのだろうかという疑問から音に対する探究の、そのすべてが始まった。ちなみにこのヘルメスは、友人でもあった亀を殺し、その剥ぎ取った甲羅にアポロンから盗んだ牛の腸を張って竪琴を作ったというとんでもない奴だ。

 

 またその一方で、あまりに多くの人々を石にしてしまったという罪で、首を刎ねられたゴーゴン三姉妹の末娘メデューサ、彼女の死を悼む二人の姉たちの、その叫び声の悲痛さに心を打たれたアテナイの女神が、その嘆きを音として残しておくためにアウロスというダブルリードの楽器を作らせたというが、この二つの神話は古代ギリシャに、複数の意味や価値を持つ音楽が存在していた事をわれわれに教えてくれる。

 

 その事をはっきりと示す書物が500年頃に書かれている。プラトンの研究家としても有名なポエティウスという哲学者が記した「音楽教程」という本だ。現在日本語訳は出ていないが、英訳でなら読める。英語のタイトルは「Fundamentals of Music」となっている。音楽の基礎とでもいった感じだろうかね。ここには三種の音楽として「天体の音楽」「人体の音楽」「器楽」という三つに分類された音楽が論じられる。いや、論じられてはいない。後で論じてみようと思うってな事が書かれたまま、それについては放置されてしまう。という訳で、一寝入りして疲れ目が回復したらまたこの続きを。

 

 今、突然雨が降り出した。刷毛でざっと空を撫でるような強い雨だ。ああ、何だかわくわくするね。昼寝の前に少し外を歩いてみようかな。

 

                                       2021. 5. 2.