通信24-23 映画が街にやってくる

 「くたばる前に、どうしてもこれだけは」という夢がある。それはフェデリコ・フェリーニが監督した「8 1/2」という作品を映画館の大スクリーンで見る事さ。実はもうすっかり諦めていたんだ。フェリーニ作品がこの日本という国の映画館で上映されるなんてさ。ところがいきなりこの夢が叶う事になった。フェリーニ映画祭?そうか、フェリーニが生まれて今年で百年になるんだ。今秋、東京を皮切りに始まった映画祭がゆっくりと南下してきて、来月、いよいよ福岡市内の映画館で観られる事となったのさ。

 

 ところでDVDじゃあ駄目なのかって?うん、駄目。私もそのDVDは持っていて、毎年二回ずつ観るんだけど、やはり最初に観た映画館での記憶が忘れられない。主人公が鉱泉場に行く場面があるんだが、そこでカメラが湯治客の顔をずらりとなめてゆく。次々とスクリーン一杯に巨大な顔が現れる、うん、それだけの話なんだが、若造だった私は頭がくらくらしたね。ああ、まるで巨大な壁画じゃないか。私は思わずシスティーナ礼拝堂の天井画を思い浮かべ、水から上がった犬みたいに体を震わせたんだ。

 

 そういえばフェリーニは、クレーンにカメラを乗せて画面を斜めに切り取るように移動しながら撮るという技法を発明した。その時の画面の歪み、スクリーンが迫り出してくるような膨張感、ああ、思い出すだけでどきどきするね。うん、やはり映画館の大スクリーンで観なきゃ駄目だって訳さ。

 

 ところで私はフェリーニのほぼ全作品のDVDを持っているんだが、一作だけなかなか手に入らないやつがあった。それはデヴュー作である「寄席の脚光」ってやつ。今はカタログ落ちしているし、中古で見つけはしたものの定価の十倍以上の値が付いていて、ううん、なかなか踏ん切りがつかなかった。半ば諦めかけていたところ、最近よく見掛ける、本屋の店先にあるワゴンの中に並んだ、十枚二千円足らずの著作権切れフィルムを集めたDVDセット、今秋出たばかりの「イタリア映画名作集」の中に、あれ?「寄席の脚光」入ってるじゃん、てなもんで最後はあっさりと手に入ってしまった。

 

 そうか、とうとう「8 1/2」をスクリーンで観るという夢が叶ってしまうのか。うん、夢が叶ってしまうってのも何だか寂しいね。よし、新たな夢を持つんだ。そうだね、私の新しい夢は、死ぬまでに映画館の巨大スクリーンで「そして船はゆく」「インテルヴィスタ」「ローマ」「ジンジャーとフレッド」(いずれもフェデリコ・フェリーニ監督作品)を観る事としよう。あれ?何だか「死ぬまで」を先延ばしにしようとしてないかい?

 

                                                                                                  2020. 10. 28.