通信20-13 バグパイプって何だか面白いよね

 今年のどんたくで一番嬉しかった事はというと、バグパイプ隊に行き当たった事さ。別にそいつらを探して、うろうろと歩き回った訳じゃない。天神に向かっている途中、冷泉公園のそばで、偶然にすれ違ったんだ。一気に胸が高鳴るじゃないか。あの下品な、情動的な音。うひゃあってなもんさ。もちろん、この私といえば回れ右、ハーメルンの笛吹きについて歩くガキどもみたいに、彼らの後についていったんだ。

 

 
 うん、数年ぶりさ。こいつらに出会うのは。何だかパワーアップしていないかい。ああ、ドラム隊が増えたんだね。しっかりしたリズムが、いささか調子っ外れなバグパイプの音を支えているんだ。世が世なら軍隊の先頭に立って、勇猛果敢な音を奏でていたやつらさ。アイルランドの軍隊ではね。それで、どうしたかというと、うん、次々と敵の砲弾に当たって、ばたばたと倒れてゆくんだ。まさに木口中尉は死んでもラッパを離しませんでしたってな風情だね。


 

 また別の時代なら、うん、実は不思議な存在なんだ。バグパイプ吹きってのは。まさにヨーロッパの音楽界を代表する放浪芸人ってなところさ。録音など残っていなくとも、その存在は絵画で確認する事ができる。面白い絵があるんだぜ。かのブリューゲル大先生の版画に「デブの台所」という作品がある。見るだけで暑苦しくなる絵だ。台所にデブ共が、ああ、幸せな奴らだよ、犇めき、たらふく美味いものを自分らの腹に詰め込んでいる。その絵の端に描かれているのがバグパイプ吹きさ。台所に入ってこようとするバグパイプ吹きを、デブ共が追い出そうとしているんだ。この版画からも読み取れるように、バグパイプは異端者なんだ。祭礼の折に、どこからともなく流れてきて、小銭と食事を受け取り、またどこかへと去ってゆく。そういう放浪芸人なんだ。

 


 祭りのどんちゃん騒ぎのど真ん中で、バグパイプを吹き鳴らしながら、人々を踊らせている絵をいくつも見る事ができる。踊りといっても、中世のヨーロッパでは大まかに二つの種類に分ける事ができる。宮廷の優雅な踊りと、民衆、特に農民のそれさ。ちなみにセバスチャン・バッハがよく素材に用いた舞曲、例えばジグーだとか、アルマンドだとか、それは民衆のものだ。宮廷の舞曲に比べるとリズムはがさつだが、そのぶん生き生きとしている。

 


 実は嬉しい事に、これらのバグパイプ吹きが奏でたであろう譜面の一部は残っている。1400年の半ば頃、ヨーロッパの産業界に大きな事件が起こる。うん、ドイツのヨハネス・グーテンベルグによる金属板を使った版画の発明さ。これ以降、出版が大きな産業として頭角を現してくるんだ。譜面の出版に関しては、1501年、楽譜出版界の大老舗、ベネツィアペトルッチが創業した。その当時の出版物の中に、舞曲集が含まれているんだ。

 


 実は秘かに、私は自分の音楽家としてのルーツをこのバグパイプ吹きたちに見ているんだ。間違っても、教会や、宮廷に雇われていた音楽家じゃあない事だけは確かさ。ちなみに1600年代の音楽家たちの報酬の記録が残っている。当時、一番高いギャラを貰っていたのが、オーボエ奏者とティンパニー奏者らしい。どちらも教会に雇われていた連中だ。その次がトランペット奏者、こちらは宮廷のお抱え音楽家だね。当時の宮廷は、規模の大きさをトランペット奏者の数で競ったらしい。王様が旅に出ると、その旅団の先頭に立つトランペット群がファンファーレを吹き鳴らしながら行進を続け、その威容を人々にアピールする。各々の旅団が連れていたトランペット奏者の数が細かく記録に残っている。

 


 そして一番ギャラが安かったのが、今の時代からすると意外に思えるかもしれないが、ヴァイオリン奏者だ。ほとんど固定給を受ける者などなく、冠婚葬祭の折に、どこからともなく現れ、また去ってゆく。うん、バグパイプ奏者と同じだね。エジプシアン、ロマ、つまりジプシーたちが最も巧みに操ったといわれるのがヴァイオリンだ。そのジプシーたちが方々の土地で、人々を熱狂させたという記録はいくらも残っているが、そんな彼らが最も安いギャラを貰い、不安定な生活をしていたというのは、何となく音楽という不思議なものの本質を教えてくれている気がする。放浪芸の世界では、蔑まれる者が人々を熱狂させる芸を持っているんだ。

 


                           2019. 5. 19.