通信27-26 ごみの中から現れた果実

 これを腐れ縁というのではないだろうかと、忘れた頃にふとどこかでばったり出会う旧友のT君、彼から昨夜、久々に電話を貰った。昨日の私の駄文を読んだのだが、ごみ箱に棲むホームレスのくだりは、紀田順一朗「東京の下層社会」(ちくま学芸文庫)に引用された、工藤栄一という無料宿泊所の管理人が語ったエピソードだという事。明治時代の貧困を扱った岩波文庫というのは多分、松原岩五郎「最暗黒の東京」の事ではないだろうかと教えてくれた。

 

 それからしばらく徳富蘆花徳富蘇峰兄弟の話をし、これから私が落ち込むであろう、いや、すでに落ち込んではいるが本人が気づいていないだけの貧乏(概ね貧乏ってものはそういうもんさ)について話した。

 

 ところで何故君はそんな事に詳しいんだと問う私に、T君は皮肉めいた笑いを含ませた声で「その手の話は変な作曲家に散々吹き込まれました」と言う。その作曲家って、もしかして私なのかねえ。ついでに数年前、最後に私の家で会った時、欲しくないというのに貧困の歴史を扱ったような書物をちょいとお洒落なカルディの袋に一杯に詰め込んで押し付けられたそうだ。家に持ち帰った後、そのカルディの袋を廊下に置きっぱなしにしておいたら、T君の奥さんが何か美味しいもので入っているのかなと、わくわくした気持ちで開いてみて、中に詰められた溢れんばかりの貧困や、差別被差別について書かれた本を見て思わずのけぞったそうだ。ああ、奥さんすみません。ついでにT君、その時の私は押し入れ一杯に溜まった本にうんざりしてどう処分すればいいのか悩んでいた時なんだ、どうもすみませんでした。

 

 T君、「まだまだ読み足らなそうじゃないですか?お返ししましょうか?」と訊いてくるが、いやいや、もう目が悪いせいで本はほとんど読めないんだ。もし君にも必要が無いのならメルカリで売ってくれなどと、「メルカリ」という覚えたばかりの新しい言葉を使い、少しだけ悦に入ってみた。ふふん。

 

 ところで、ついでといっては申し訳ないが、江戸末期の東京で、数百人の男女が大鍋を持ってとある辻に現れ、その街の金持ちから米、酒、肴、金などを貰い集め、その場で大宴会を開き、それらを喰い尽すと鬨の声(多分「えいえいおー」とかいうやつ)を上げ、また次の街に行き同じことを繰り返す。その連中が蓆の旗を立て、その旗には○○組と書いてあったらしいが、その○○という言葉を忘れてしまったんだ。よかったらその言葉を教えてくれないか。おそらく「幕末百話」という本のどこかに書かれていると思うんだが。

 

 あともう一つ。東京のごみ処理場、うん、昔は夢の島とか呼ばれていたよね、そこで膨大に積まれたごみの中から金属類など金目のものを探し出す職業があったらしいんだが、竹筒の水筒一本で半日をごみの中で過ごす彼らは、時折ごみの中か出てくる腐った林檎や蜜柑に、大喜びでそのままかぶりついていたらしい。口一杯に広がる腐った果実の甘酸っぱい味を本当に美味いと感じる事が出来ればようやく一人前の○○と言えるだろう、などという事がその数十冊の本のどれかに書いてあるはずなんだが、その○○、うん、多分職業名さ、そいつを知りたいんだ。ご多忙の折、恐縮ではありますが、何卒宜しくね。

 

                                                                                                2022/ 11/ 27.