通信24-31 自分の姿を鏡に映してみる

 昨日は朝からスタジオに籠り、ひたすらデモテープを作った。まったく録音ほど神経を使う仕事はないね。鶴が人目を避けるように部屋に閉じこもり、とんからとんと機を織るように音を紡いでゆくんだ。そうしてスタジオを出る頃にはげっそり、目の周りは歌舞伎役者の隈取みたい、頬だってすっかりこけているって訳さ。

 

 しかし、今更なんでデモテープなど、そもそも一体誰に、何をデモンストレーションしようってのかい?うん、プロデューサーとかいう偉い御人にさ、もう、とてもじゃあないけどCDなんか作れませんって事をデモンストレーションするためさ。実は昔からの約束があるんだ。一枚のCDを共に作ろうってさ。

 

 盟友みたいなプロデューサーがいるんだ。もう、数十年も前、まだCDなんてなかった頃、あの馬鹿でかい円盤、レコードってやつね、17センチのEPレコードだとか、三十センチのLPレコードだとか、そういえば聴き通すのに半日ぐらいかかる99センチ特大LPなんてのもなかったっけ?その円盤に恥の記録をしっかり刻み込んだって訳さ。

 

 その友人、年は私より十も上だけどね、彼とはその時代、33回転の30センチLPレコードというやつを二枚も作ってしまった。誰も聴きたがらないような現代物と呼ばれるやつ。一たび針を落とすや、たあらたらたらと流れ出るのは脂汗、針を落とした事をひたすら後悔するような代物、そいつを懲りずに二枚も作ってしまったんだ。

 

 ところでCDってやつはいいよね。小さくて。聴き飽きてしまったらお鍋敷にも丁度いい。それに比べてレコード、うん、こいつは大いに嵩張るんだ。しかも押し入れにしまっておくと、あっという間に黴が生えてしまう。当時は「みずとりゾウさん」とかいう便利なものはなかったんだよね。

 

 ともかくくたばる前に少なくとも一枚は一緒にCDを作ろうという約束をしていてさ、ほらほら、そろそろお前、くたばりそうじゃないか?さあ、そろそろ本腰を入れて取り組んでくれないかと、事ある毎に急かされていたんだ。そんな盟友に、もうとてもじゃないけど録音なんてできる状態じゃあないぜという事をデモンストレーションするための音源、そいつを朝から作ったって訳さ。

 

 ある意味、録音ってのは自分を鏡に映してみるようなもんだ。今日の私は、普段は目を背けている自身のよぼよぼの姿を改めて目の当たりにしたって訳だ。ああ、でも一度は思い切って私の本当の今の姿を見せない事には、盟友だって諦めてはくれないだろうね。でもさ、もう今の私の回りには誰も寄ってこないんだぜ。その事実だけでも今の私が録音などできる状態にはないって事がわかるだろうに。別に卑下している訳でも、不貞腐れている訳でもない。単純な事実だ。ただ私だってこの道は長いんだ。今、自分が世間様に通用する技を持っているか、いないのか、それぐらいははっきりとわかっているつもりだ。

 

 もちろん自分自身でも作品を音にしたいという気持ちはある。でもそいつはささやかな老後のお楽しみさ。誰も見ていないところでこっそりとやるような事だ。そこで奏でた音が商売物として流通の現場に出せるものになるか、そうでないかは正確に判断できる。何しろ「今の君の音楽を商品にするのは無理だ」と色んなやつらにさんざん宣告してきた私だぜ。今はその言葉を自分に向かって告げるだけさ。

 

                                                                                                          2020. 11. 5.